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(このコラムを読む前に 太宰治著の『走れメロス』を読んでおいたほうがいいと思います。 このコラムの後に、本物を読むよりは…)
メロスはちょームカついた。
必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した。 メロスには政治がわからぬ。 ちょー、わからぬ。 というより、経済だとか法律だとか ダウ平均株価だとか有事法制だとか タマちゃんが何アザラシだとか モーニング娘。は現在何人だとか およそあらゆることがわからなかった。
「ちょー、わけわかめ。」
おそらく「わかめ」の使い方もわからなかった。 …… …
さて。 メロスは村の牧人である。 笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。 むしろそれくらいしか役に立たなかった。 けれども、責任感はビミョーに強く 邪悪に対しては人一倍に敏感であった。 ほんのちょっとした邪悪に対してすら ものすごく敏感に反応した。 びくんびくん反応した。 例えばそれはタバコのポイ捨てであったり あるいは駅前の放置自転車であった。 「うわっ、ポイ捨てっ!もう、ちょームカつく!!」 「ぐへっ、放置自転車だよ!あぁ〜ムカつく!もう、たまんない!」 辛抱たまらず、誰もいない公園などにかけこんでは ひとり、邪悪に対する熱い憤りを爆発させていた。 「あぁムカつく!あんな邪悪なやつら 俺の目の黒いうちは…絶対にゆるさねぇ!」
メロスは、透き通るようなブルーの瞳であった。
メロスには父も母もいないが 愛する妹がひとりいた。 妹は、結婚を間近にひかえて、下準備に大忙しだ。 そんな妹に 「ちょっとシラクスの街でパンでも買ってきてよ。」 と、頼まれた。 これは 「結婚式の準備で忙しいから 役立たずの兄貴はパンでも買って来い」 という意味だった。 どう贔屓目に見ても、そう言う意味だった。 それ意外考えようもなかった。 しかし、メロスは 「よし。兄ちゃん、愛するお前のためなら 食べきれないほどのパンを買ってきてあげるよ!」 「いいから、食えるだけ買ってこいよ!」 メロスは邪悪に対しては敏感だったが 身内の思惑に対しては異常に鈍感だった。
こうしてメロスは、村から十里もはなれたシラクスの街まで はるばるパンを買いにでかけた。 シラクスにつくと、なんだか街全体がやけに寂しい。 とても怪しげに、ひっそりとしている。 おかしい。 2年前に来たときはこんな街じゃなかった。 メロスはだんだん不安に思い、道行く人に問いただした。
「おい!パン屋はどこだ!」
メロスはシラクスの街もちょーわからなかった。
ようやくパン屋にたどりつくと メロスは今度こそ胸に抱いていた疑問をぶつけた。 「おい、この町で一体何があったのだ!」 「その前に、パン買えよ!」 もっともな答えだった。 メロスはパンを一つ買って、もう一度疑問をぶつけた。 「おい、この町で一体何があったのだ!」 「王が…」 「王が、どうしたのだ?」 「王は…人を殺します。」 「マジかよ。それじゃ来期のダイエーはどうすんだよ…。」 「………」 パン屋はメロスのボケを黙殺しつつ ことのあらましを静かに語り始めた。 シラクスの王は、はじめは妹婿を、それから世継ぎの御子を殺した。 そして妹を、それから皇后を、それから賢臣アキレスを… 今では、全く無辜の市民まで殺しているのだそうだ。 「驚いた、王はご乱心か?」 「いいえ、ご乱心ではありません。 王は『ちょームカつくから』殺すのです。」 ふつう、それを「ご乱心」と呼ぶ。 邪悪だ。 王は、あまりにも邪悪だ。 王の邪悪に、敏感なメロスはびくんびくん反応した。 たまらず、人気(ひとけ)のない川原に走ってゆき 思いのままに憤りをほとばしらせた。 「うをぉぉぉ!ちょームカつく王だぜぇ! あのやろう、絶対ぶっ殺してやるぅ!」 人気のないところと見るや、ところかまわずほとばしった。 放課後の校舎裏とか、真昼のスナックの駐車場とか 季節はずれの温泉旅館とか、季節を問わず落合博光記念館とか あるいは深夜の代々木公園とか…(注:意外と人気アリ。) メロスはところかまわず絶叫した。
すると、たちどころに城の警吏に見つかった。 「最近、人気のないところで 王の悪口を絶叫する不審人物が出没しているそうだが まさか貴様じゃないだろうな!」
「いえ、それはセリヌンティウスです。」
びっくりするほど普通に メロスは竹馬の友の名を出した。 そう、セリヌンティウスは竹馬の友だった。 互いに馬乗りになっては、竹の棒をねじりこむ。 ふたりはそんな仲だった。 メロスは、あっさり竹馬の友を警吏に売ったのだ。
「よし、ただちにそいつをとっ捕まえてやる。 お前も証人として、城に来い!」 結果は同じだった。 メロスも城に連れていかれた。
謁見の間に引き据えられたメロスとセリヌンティウス。 十年ぶりに再会した竹馬の友は 十年前と変わらず、出会い頭に罵り合った。 しかし、暴君ディオニスが現れると たちどころにしゅんとうなだれて、おとなしくなった。 恐怖に震える二人を前にして 王は、静かに、しかし威厳をもって厳しく問い詰めた。 「王たるこのワシに暴言を吐いた不埒者がおると聞く。 セリヌンティウスとかいう愚か者は、どっちだ?」
「こいつです!」
驚くほどの素早さでメロスを指差したのは セリヌンティウスその人であった。
「ちっ違います、王様! こいつこそが鼻垂れセリヌンティウスです!」 一歩遅れて、メロスが主張した。 しかし… セリヌンティウスはたいてい鼻垂れだったが この時ばかりは鼻が垂れていなかった。 しまった。 メロスの主張は、著しく信憑性を欠いてしまった。
「おかしい。ここには『セリヌンティウスと』 『鼻垂れセリヌンティウス』がいることになる。 では、肝心の“証人メロス”はどこにいるのだ?」 王は、なめまわすように二人を睨みつけた。
「私です!」 「私です!」
コンマ2秒差で、メロスの方が早かった。 「よし、この勝負、もらった!」 メロスは、内心、狂喜した。 我こそ、メロスなり。 メロスは、誇りたい気持ちでいっぱいだった。 メロスは余裕の半笑いでセリヌンティウスを見返した。
「おかしい。ここには二人しかおらんはずだ。 なのに『セリヌンティウス』が一人と 『鼻垂れセリヌンティウス』が一人と おまけに『メロス』がふたりもいる…。 予は、なんだかちょームカついてきたぞ!!」 王の目に、狂気の光りが宿り始めた。
すかさず、セリヌンティウスが逆襲に出た。 「王よ、認めましょう。 我こそ『鼻垂れ』セリヌンティウスです。 証拠に、この鼻を見てください!」 …… その鼻は、悔しいくらい見事に垂れていた。 セリヌンティウスは続ける。 「そして、この者こそが 王の悪口を言った『セリヌンティウス』その人です。 『メロス』など、そもそも最初からいなかったのです!」 セリヌンティウスは鼻を垂らしたまま 勝ち誇った笑みでメロスを指差した。
完璧だ。 非の打ち所のない理論だ。 メロスは結局、自ら掘った墓穴に飛び込んだのだ。 しかし、まだ、勝負はついていない。 結局のところ、勝負の鍵を握るのは暴君ディオニスなのだ。 王は3回、ゆっくりとうなずいた後 厳かに裁断を下した。
「よし、わかった。 お前が『鼻垂れセリヌンティウス』だな。 そして、そっちのお前が… もう、いい。そんなこと。 つか、もう、あきた。 お前が誰であれ、メロンパンを買ってきたら放免してやろう。 ムカついたら、むしょうに腹が減ってきた。 今すぐ、メロンパン買って来い! それまで、この鼻垂れは前の身代わりだ! 以上だ!」
土壇場で逆転勝利! メロスは急いでたちあがった。 そして、振り向き、走り出す。 もう、二度と戻るまい。 誰がパンなぞ買ってやるものか。 『鼻垂れセリヌンティウス』は、『鼻垂れ』として立派に死ぬのだ。 そして私は… 私が誰であろうとかまうものか。 私は、生きて、パンを買って妹の待つ家に帰るのだ! ……… …… … って、結局パン買うのかよ!
メロスはパシりだした。 しかし 謁見の間を飛び出したその時…
「メ…メロスぅぅぅ!!!!」 セリヌンティウスの悲痛な絶叫がこだました。
そう。 竹馬の友は、その時はじめて メロスをメロスと呼んだのだ。 メロスの中にあるビミョーな責任感が めらめらと湧き上がってきた。
いいのか?メロスよ。お前は本当にそれでいいのか? 竹馬の友を売り、パンを買う。 それがお前なのか? それだけの男なのか? 寂しい男だ。悲しい男だ。唾棄すべき男だ。 男だったら、友を見捨てるな! 男だったら、友のためにパシれ! パシれ、メロス! パシるんだ!メロスよ! それでこそ、メロスはメロスなのだ!
メロスは立ち止まり、再び謁見の間に舞い戻って 竹馬の友、セリヌンティウスを抱きしめた。 「俺は、必ず戻る! 必ずメロンパンを買って戻ってくる! おれは、メロスだ! メロンパンを買いに行く男、メロスだ!」
「あぁ、メロス。我が友、メロスよ。」 セリヌンティウスは涙と鼻水が一緒になった顔でつぶやいた。 「俺には、カレーパンを頼む。」
メロスは、どっと疲れた。
完
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バファリンの優しさは、お母さんを半分にしてできています。
というわけで うろ覚えが特技の犬司です。こんばんわ。 あんまりうろ覚えすぎて あやうく母をまっぷたつにしてしまうところでした。 半分になった母からバファリンの優しさを手に入れるところでした。 しかし、薬局に行けばバファリンそのものが手に入ることに気が付き すんでのところでやめました。あぶなかった。 で、正しくはというと……
バファリンの半分は、お母さんの優しさでできています。
そんなものが厚生省の認可を受けた医薬品であることに 驚きを隠せないので、隠さずに驚きます。
っぎゃぁぁぁぁぁ!!!!
驚くときはたいてい絶叫です。ご近所でもうるさいと評判です。 両手を万歳で絶叫するので、天井の低いところでは突き指します。 子供の頃は、たとえ突き指したとしても お母さんが優しく「♪痛いの痛いの飛んでけ〜」 とかやってくれたかもしれません。記憶にないですが。 しかし、すでに大人の私が突き指した場合は もはや母の優しさにすがることはできません。 そんなときこそ、バファリンです。
バファリンの半分は、お母さんのやさしさでできています。
バファリンを1錠、手にとって見てください。 頭痛薬、解熱鎮痛剤として名高いバファリンですが ちょうど右半分の色の薄いほう そう。それが…「頭痛薬」の部分です。全体の半分くらいです。 左半分の色の黒いほうは「お母さんの優しさ」。 残念ながら頭痛薬ではありません。 意外と黒いですが、優しいです。 このようにバファリンは 半分が「頭痛薬」、残りの半分が「お母さんの優しさ」 という二部構成になっています。 もう少し詳しく 最近新発売されたバファリンプラスの成分表をみてみましょう。
・有効成分 〈一錠中〉 ▽アセチルサリチル酸(解熱鎮痛成分)…250mg ▽アセトアミノフェン(解熱鎮痛成分)…150mg ▽無水カフェイン(鎮痛補助成分)…60mg ▽アリルイソプロピルアセチル尿素(鎮痛補助成分)…15mg
およそ全体の半分を占めているのがアセチルサリチル酸。 これが恐らく、「頭痛薬」の働きをしているのでしょう。 あの有名な「アスピリン」の代用品として 多くの市販頭痛薬の解熱鎮痛成分に用いられています。 と、すると… おそらく残りの三つの成分が「お母さんの優しさ」の正体です。 お母さんの優しさの中にも アセトアミノフェンという解熱鎮痛成分が含まれていることに あらためて驚きました。 っぎゃぁぁぁぁぁ!!(手は万歳) ………(突き指、しばし絶叫。痛くて。)
で、ものすごく優しいお母さんの手などからは これらの諸成分が、おそらくマイナスイオンなんかと一緒に 放出される仕組みになっているのでしょう。 例えば、子供の擦り傷などに軽く手をかざしながら 「♪痛いの痛いの飛んでけぇ〜」などとやると お母さんの手から、アセトアミノフェンが放出され それが痛む子供の患部に直接作用して 「痛いの」が「飛んでいく」メカニズムになっていると考えられます。 すごく科学的っぽく解説してしまいました。 ちなみに 優しいお母さんの手に、ほんのりとコーヒーの香を感じたら それは、無水カフェイン。 ちょっぴり汗と尿のかほりを感じたなら それは、アリイソプロピル汗散る尿素のかほりです。 またしても科学的っぽくてすいません。
このように 「お母さんの優しさ」をコーヒーや尿のかほりに至るまで 忠実に再現したバファリン。 もはやただの頭痛薬を越えた効能があるわけです。 例えば、お母さんのいないお子さんには 1日半錠づつ投与してください。 不足しがちな母の愛情を補充できます。 また、単身赴任で都会に出てきて、はや5年…。 ふと、「おふくろの味噌汁が飲みてぇ…」 とお悩みの中年にも、意外なほどの効果があります。 中年は下っ腹のたるみ具合に応じて、じゃんじゃん飲んでください。 また、お母さんはいるのだけれども 「ウチのママはヨシオ君のママの半分くらいしか優しくないやい!」 とお悩みのお子様にもお勧めです。 足りない部分の優しさは、バファリンで摂取してください。 (間違ってもお母さんを半分にしてはいけません。)
とくに幼い子供は お母さんの優しさには敏感です。 例えば幼稚園に通う我が子のお弁当に 『塩ジャケに日の丸弁当』などもたせようものなら 「ママ、ヨシオ君のおべんとはウインナーがタコさんだったよ…」 などと目をウルウルさせながら訴えるわけです。 お弁当一つで、否、タコ一つで、母の優しさを計ろうとするのです。 お母さんがどれだけお腹を痛めて産んだとしても 子供はわずかタコ一つで、その愛の深さを計るもの…。 意外と残酷です。
しかし、これに対して 「そんなもの、食っちまえば一緒でしょ!(ゴチン!)」 などとやると、それが幼児虐待の記念すべき第一歩です。 もちろん記念しなくても結構です。 「だったらヨシオ君ちの子供になればいいでしょ!(ゴチン!)」 これでも幼児虐待です。 しかも母親本人が 「ヨシオ君ちの旦那のがいいオトコ…(ポッ)」 とか思ってるから始末が悪い。 子供がヨシオ君ちに養子縁組する上 旦那もヨシオ君ちのと取りかえるとなると ほっておくと家族構成がとてもややこしくなります。 やはりここはじっと我慢して つとめて優しい笑顔で バファリン半錠をお子さんの口にねじ込んでやりましょう。 (鼻をぎゅっとつまむと飲みこみます。) もうこれで大丈夫。 不足しがちな優しさは、無理せず、バファリンです。
こうしてバファリンの「お母さんの優しさ」の部分だけを与えていると のこりの「頭痛薬」の部分が大量に余ってしまいますね。 これはもったいない。 ビックリマンチョコを買ってシールを集めると 肝心のチョコが余って処分に困るのと同じです。 (古い話ですいません。)
この場合。 例えば育児疲れで頭が痛くなったときはご自分で飲んでください。 しかし、それでも大量に余ってしまう場合は 旦那の晩御飯にさりげなくまぶしておきましょう。 すぐには効果を発揮しません。 しかし、たとえ少量であっても かの有名なアスピリンの代用品であるアセチルサリチル酸。 毎日投与しつづければ 10年先、あるいは20年先には、着々と体内に蓄積され それなりに深刻な副作用を発揮させることが期待できます。 旦那の退職金と、生命保険金…。 どちらが高いのかを慎重に検討した結果 計画的に投薬して行きましょう。
こうして 「お母さんの優しさ」でできた半錠は我が子をすくすくと成長させ 残りの半錠は着々と旦那に引導を渡す…。 要するにバファリンは 「お母さんにとって、とても優しくできています。」 と、言えるのではないでしょうか。
バファリンの箱を手に取りながら 「綺麗なおねぇさんの優しさでできてたら、毎日飲むのに…」 この場合、バファリンの半分は…などとケチくさいこといわず 全部が綺麗なおねぇさんでできていれば、迷わず箱買いですね。 (↑すでに優しさすらどうでもいいらしい…)
などとせつなひおもひに胸を焦がしつつ… 今日は、そんなバファリンのお話でした。
撤収!
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一般常識にいう。 「決して後悔などするな!」と…。 あるいは学校教育の現場でも 「悔いのない学校生活を送りなさい」などという。
後悔とは、それほど悪しきものなのだろうか?
否。 そうではない。 後悔こそ、人類の進歩に必要不可欠な要因であり 後悔こそ、人類が発明したあらゆる物事の中で 最も偉大なものであると認識しなければなるまい。
と、今日はいつになく温度の高いコラムを展開しようと目論んでいる 今世紀最強の後悔論者、犬司です。こんばんわ。 ………
それにしても… みなさん。後悔に対する認識が非常に甘いですね。 全くもって認識不足です。 「何を偉そうに、訳の分からんことを…」 と、お思いの方もいるかと思いますが なぁに、そんなこと。 仕事から帰って缶ビールの二本もプシュッとやってみれば 誰もが偉そうに人生だの国家だの財政改革だのを語れます。 誰にでもできることです。 たいしたことじゃありませんよ。(←謙遜)
というわけで、今日は慎みと謙遜の気持ちを胸に抱きつつ いつになく尊大に「だ・である調」で展開して行きますので 心して読んでいただけたらうれしいなぁと思います。 (↑ヒクツな「です・ます調」で…)
ではでは。そういうわけで。 要するに貴様らは 『後悔の本質』というものを少しもわきまえていない 度し難い低能どもだと思います。 (↑尊大な「です・ます調」もどうかと思います。)
そう。後悔の本質。 まず、後悔とは大きく分けて三つの部分からなる。 最初に、過去の失敗を認識すること。(認識力) 次に、どうすればその失敗を回避できるかを想像すること。(想像力) 最後に、そうできなかったことを悔しがること。(後悔力←ぉぃ) という、三部構成だ。 つまり、冷静かつ客観的に過去の自分を振り返ることのできない者は 過去の失敗を認識することができないわけであり その失敗を踏まえて「あの時、むしろこうしておけばよかった…」 という想像力のない者は 後悔することができないのである。 認識力と想像力。 人類が持つ高度な知的活動の成果こそが 『後悔』を支える二本柱なのだ。
したがって 「私は生涯に一度も後悔などしたことがない!」 と強弁する人がいるのなら きっとその人は ものすごく認識力が欠如している人か ものすごく想像力が欠如している人か あるいは生まれてすぐ死んだ人だろう。 (↑ものすごく生命力が欠如している人と言い換えてもよい。) いずれにせよ、自分の周囲でそう言う人を見かけたら ただちに「知的障害者」の烙印をおしたほうがよい。 (あるいは生まれてすぐ死んだ幼児ですら 生まれてきたことを後悔している可能性を考えればなおさらである。 バブバブ言うだけで確認しようがないのだが…)
人として生まれたからにはぜひとも後悔すべきであり そして後悔してはじめて 「よし次こそは同じ失敗を繰り返すまい!」 という進歩が生まれるのである。
『後悔は進歩の母なのだ。』 by犬司
犬司の部分は省略してもよい。 もちろん犬司の前に「今世紀最高の頭脳」がすでに省略されている。 (今世紀ははじまったばかりだが、おおむね最高だ。)
ちなみに学校教育の現場では 「失敗を恐れるな!」などという恐ろしいことを教えているらしい。 これもはなはだしい勘違いだ。 人類は必要以上に失敗を恐れるべきだ。 どんなに失敗を恐れ、細心の注意を払って生活していたとしても やはり人間は失敗する生き物なのだ。 恐れに恐れた上で、なおかつ失敗してしまうからこそ 「きぃーっ悔やしぃー!」と後悔し 「よし、今度こそは…」という進歩につながるのだ。 これが、はなっから失敗を恐れていない阿呆が失敗すると 「なぁんだ、やっぱり。どじこいちゃった☆てへっ♪」 とかいってちっとも進歩が見られない どころかむしろ後退し続けていくわけだ。
例えば出先で突然お腹が痛くなったとしよう。 すると人類はしかたなく公衆便所に飛び込むわけだが 「失敗を恐れるな!」などと勘違いしている人は トイレットペーパーの有無といった重要事項を一切確認せず 「なぁに!紙なぞなくとも便はできる!」 と意気込んで、闇雲に便座にすわり、いきなりおっぱじめるわけだ。 そして終了後、当然紙がないことに気が付くわけだが 「なぁに!それしき。なせばなる!」とか言いながら 平然と手で拭いて出てくるのは明らかに人として間違っている。 (拭かずに出てきたとしてもやはり間違っている。)
そう、およそあらゆる生き物は 尻を拭く生物と拭かない生物に分けられるわけだが 人類とは間違いなく「拭く側」の生物なのだ。 「尻も拭かずば血が出まい」などというとぼけた慣用句を思い出したが (「キジも鳴かずば撃たれまい」だった気もする。) とにかく、尻を拭かないのはとんだ間違いだ。 (ちなみに手で拭くのも、文明人としては落第だ。) 果たして、尻を拭かずとも病気になったりしない犬や猫とくらべて 尻を拭く人類がどれほど優れているのかは即断できないが… いや。 尻を拭くかどうかで人類の種としての優劣を語るには ウンコはあまりにクサすぎる。 ここでは割愛しよう。
さてさて。いい加減話しを元にもどすが 人は、多いに失敗を恐れるべきであり そして失敗をしたら後悔すべきなのだ。 ただし、先ほど私は『後悔は進歩の母』といったが この点は若干の注意を要する。
つまり、後悔するたんびに進歩していたのでは 人類ばかりがあまりに進歩しすぎて危険なのだ。 少々突飛なことを言っているように聞こえるが よりわかりやすく言うなら 人類だけが尻を拭く 人類だけが公衆便所での失敗を恐れる。 人類だけが手で拭いて(あるいは拭かずに)後悔する。 人類だけが「次こそちゃんと拭こう」と心に誓い 人類だけが圧倒的に進歩する。(必ず紙で拭くようになる) こうして、他の生物に比べて人類ばかりが進歩しつづけるなら これは地球全体(ガイア)の調和を乱すことになり ひいいては、地球環境を破壊する原因にもなりかねないのだ。 (地球環境を語るにも、ウンコはクサすぎて恐縮です。)
無論、尻拭くところから議論する必要はないのだが いずれにせよ人類ばかりが進歩するのは危険だ。 他の生物、そして地球全体との調和の中で 少しずつ進歩していくことが望ましい。 したがってやみくもに後悔し そしてやみくもに進歩することが正しいとは言えないのだ。
そこで人類は 『進歩を伴わない後悔術』 という叡智を手に入れるにいたった。
そう。 人は高度な知的生命体として 必然的に失敗を予知し、恐れ、にもかかわらず失敗する。 そして失敗をすればそれを認識し 次に失敗を回避する手段を想像し 回避できなかった自分を後悔する。 しかし、それを進歩につなげない方法があるとしたらどうだろう? 人類は人類として当然のごとく後悔しながら 自らの進歩を自主規制できるのだ。
以下、その絶妙な方法をここに記して、お別れの挨拶としよう。
さて。 後悔した人間が、なにゆえ進歩するのかといえば 先にも記したとうりだが 「よし、次こそは、同じ失敗を繰り返すまい!」 と決意するからである。 そう。次こそは… 次があるから、後悔が進歩につながるのだ。 したがって、実に簡単なことだが 次がないほど手遅れになったタイミングで後悔すればよいのだ。 例えば 「あぁ、あの時、もうちょっと勉強しておけばよかった…」 というのは、間違っても高校生や大学生が口にしてはならない。 「だったら今すぐ勉強しろ!」 と突っ込まれるのが関の山だ。 むしろじっと待って、社会人になって結婚して子供でもできて 仕事に追われ、自由な時間もお金もすっかりなくなってはじめて 「あぁ、あの時もうちょっと勉強しておけば…」 と子供相手に後悔を口にするのがベストだ。 もちろん、父の後悔を耳にした子供たちが 「それなら、僕達はちゃんと勉強しなくちゃ!」 なんて、世代を超えた進歩の道を歩むことは決してない! 断言してもいい。 そんな夢物語は、夢の中ですら、きょうびありえない。
つまり このタイミングにおける後悔は、いかなる進歩も生み出さないのだ。 しかし、それが無駄かと言われれば 無駄なことは決してありえない。 要するに彼は、今のどうにもならない現状に不満を抱きつつ 「あぁ、あと少し勉強しておけば… きっと私にはもっと素晴らしい可能性があったはずなのに… (あとちょっと勉強しなかったから、ま、残念だったよ。)」 と、自分にOKを出すことができるのだ。 しぶしぶOKを出すことができるのだ。 いまさら猛勉強して自分のまだ見ぬ可能性を追及したところで 結局たいした結果が残らないかもしれないことを考えれば むしろ、なんらの努力もせずに 自分にも「可能性はあった」という余地を残しつつ 自分の現状を許容するほうがよっぽどいい。
これを叡智と呼ばずしてなんと呼ぼう。 さすがは人類。だてに尻を拭いていない。
「高校の頃、丸坊主がイヤで退部さえしなければ W杯でナカタのパスを受けていたのは、この俺だったよ。」 進歩のかけらもみられない見事な後悔だ。 坊主頭で退部するような根性なしですら W杯でナカタのパスを受ける可能性を残すことができるのだ。 まさしく、人類の叡智はここに極まれる。
さぁ、諸君。盛大に後悔したまへ。 10回のうち9回くらいは 進歩の伴わない後悔をしたまへ。 進歩は10回のうち1回くらいで十分だ。 それが人類の叡智というものだ。
「あぁ、私ももう少し落ち着いて文章を書いていれば 歴史に名を残す随筆家になれたかもしれないのに…」 すでにどうにもならない駄文を100以上も書いてしまった今こそ 絶妙なタイミングの後悔だといえよう。
「あぁ、うんこクサイとわかっていれば 食事中には読みに来なかったのに…」 うっかり食事中に読みきちゃった人も ちゃんと後悔していくとよい。 ただし 「もう二度と来るまい!」 と、ちゃっかり自分だけ進歩しようとたくらむ届き者は不許可だ。 また来て、そしてまた後悔するがいい。 それが人類の叡智だから… それが尻を拭く人類の証しなのだから…(←いい加減拭き過ぎです)
ちなみに私は ちゃんと紙で尻を拭く人類として 決して進歩することなく 明日も明後日も、駄文を書きつづけることを誓います!
ウソです。 明日も明後日も書くほどマメじゃありません。 明日も明後日も書くほど気がふれていません。 でも、あさっての次の次の日くらいまでには なんとか気がふれた文章を書くよう努力します。
では、また。
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残暑をお見舞いしてさしあげます。 (これでも食らえ!)
さてさて。 更新がぷっつり途絶えておりました犬司です。 なぜ途絶えていたかは、皆様のご想像にお任せします。 すごく思わせぶりで恐縮ですが、おまかせします。 あんなことやこんなことをいろいろとご想像下さい。
例えば、ついに犬司にも彼女ができて更新どころではなくなったとか。
ご想像にお任せします!! ↑このようにご想像するようお任せします。 強く強くお任せします。 「キィ〜悔しいぃぃ!私も犬司さんのこと狙ってたのにぃぃ!!」 くらい勢い余ったメールを下さっても結構です。
ちなみに、間違っても 犬司は仕事でいっぱいいっぱいだった、とか 急な改修工事が日曜日にはいって休日がない、とか ぢつはお盆以来“たったの1日も休日がない”、とか そういうご想像をしないよう、くれぐれも注意しておきます。 ……… ……
さて。 しめっぽい話しはここまでにして 今日のテーマにサクサクうつりましょう。 今日のテーマは、どういうわけか『ジュウシマツ』です。
そう、ジュウシマツ… 飼育愛玩用の小鳥としてはメジャーなもの。 おとなしく初心者でも飼いやすいのだそうだ。 羽毛が黒褐色と白のまだら模様のヤツが一般的だが やはり全身真っ白のヤツが愛らしくていい。
ジュウシマツ。 漢字で書くと、『銃始末』。
なぜ、この愛らしい小鳥に 『銃始末』という恐ろしい名がついたのか? それには、あの伝説の殺し屋 “テキサスの悪夢”ハンス・オッパーマンのことを書かねばなるまい。
ハンス・オッパーマン。 テキサス出身と噂されるものの詳細は不明。 アメリカ中ですでに36件ものを暗殺を手がけたといわれる。 彼は常に、依頼人に一丁の銃を用意させ そして、その銃で発砲するのは、たったの一発。 一発で必ず仕事を成し遂げ その後、銃を惜しげもなく処分する。 銃を使った暗殺の場合 被害者に打ちこまれた銃弾こそが多くを語る証拠となる。 たった一発の銃弾ですら、それを発射した銃を特定できるのだ。 しかし、銃そのものが始末されてしまえば FBIの捜査もハンスにはとどかない。 多くの殺し屋たちが、愛用の銃で仕事をこなすのに対し ハンスの仕事に“愛用”はない。 彼はターゲットを始末するだけじゃなく 暗殺にまつわるあらゆる痕跡を始末する。 そう、彼は“仕事”に必要不可欠な銃ですら 自らの手で始末できるのだ。 『銃始末』 それは、最高の暗殺者のための称号。 プロの中のプロにのみ許される称号。 そして『銃始末』ハンスは FBIの捜査網をあざ笑いいつつ、今日も闇から闇へと暗躍する…
……… と、ここまで書いてきてびっくりしたのだが ちっとも小鳥と結びつかないではないか! おかしい。 何かが間違っている……。 そもそも…
ハンスって誰よ。(しかもオッパーマンて…)
というわけで 『銃始末』ハンスの異名が、その後、どういった経緯で あのちっちゃくて愛らしい『ジュウシマツ』に受け継がれたのか。 一番重要なところで恐縮ですが皆さんのご想像にお任せします。 好きなようにご想像してください。 ご想像できた方はコメントください。
とりあえず 『ジュウシマツ』が『銃始末』でないとするのなら… あえて言おう。 むしろ『ジュウシマツ』は…
『十四待つ』であろう。
そう、あれは平成元年。 埼玉県は与野市で一人の少女が産声をあげた。 しかし、その産声はか細く 透き通るように白い頬にはわずかの赤みもさすことがなかった…。
「残念ながら…白血病です。あと、3日の命です。」
担当医は、一切の表情を消して淡々と述べる。 どれほど冷酷であろうとも、事実は事実だ。 そして医師は、事実をゆがめることはできない。
少女は、誕生の祝福を受けるいとまも与えられず すでに、死への階段を上らされていたのだ…。 重苦しい病室では、刻一刻と、死へのカウントダウンが始まる。 夜が訪れ、二日目の朝になり そして日が暮れると、いよいよ人生最後の日に…
しかし、奇跡とは、常に唐突に起こるものだ。 彼女はついに四日目の朝 うまれて初めて両手こぶしを握り締めて、大声で泣いた。
「あれ?お…おかしいなぁ。あと3日。絶対、あと3日です。」
狼狽しつつも、執拗に食い下がる担当医。 しかし次の3日間も、少女の奇跡は止められなかった。
「いや、だから、あと一週間下さい。マジ一週間ッス。」
もはや病室は、必死に死刑宣告を繰り返す担当医と 言語道断なほどの生命力で生きつづける白血病患者との あくなき戦いの場へと変貌した。 そして、少女の奇跡は、とどまるところをしらなかった。
「ですから、10日後には必ず。えぇ。もちろん絶対です。」
「今月中には、間違いありません。今月中に必ず、決着つけます!」
「いえ、ですから何度も申し上げるように、年は越しませんから。」
「申し訳ありません!もう3ヶ月待ってもらえないでしょうか…」
「なんとしても夏前には決着をつけます!責任を持って…」
「わかりました。私のソアラを賭けましょう。年内です。確実に。」
……… …… …
それから13年… 医師としての生命をきっちり失った担当医は その日、静かに敗北を宣言した。
「あと3日で、退院です。」
えっ?… 驚きに見開かれた少女の目には 「わしゃ白血病ちゃうんかい!」 という言葉が満ち溢れていた。 あと3日。 3日後といえば、彼女の14歳の誕生日。 14歳になれば退院できる。 14歳になれば…
彼女の心に、生まれて初めて希望の灯がともった。 そして、一度希望を抱いた少女には もはや奇跡の力は必要なかった。 彼女は、明らかに回復し始めたのだ。 1分1秒ごとに、彼女は快方に向かった。 一時間後、彼女はベッドから立ち上がった。 昼過ぎには、売店まで歩いてパンを買いに行った。 (いつもは担当医に買いにいかせていた。) それはあたかも ベッドに縛り付けられた13年間を取り戻すかのような 驚異的な回復力であった。 一度、胸にともった希望の灯は もはや轟々と火の粉を巻き上げる、生命の火柱と化していた。 退院を目前に控えた13歳最後の日。 ついに彼女は、病棟の廊下、全長50メートル余りを わずか6秒27のタイムで走りきった。 白血病患者は、その日 日本女子陸上界に打って出るほどのタイムをマークしたのだ。 そして万全の態勢を整えて 彼女は、静かに14歳の誕生日を待った。
翌朝…すなわち14歳の誕生日の朝。 彼女は唐突に、息をひきとった。
平成14年、5月某日。 激動の平成を怒涛のごとく生き抜いた熱血白血病少女は (注:平成はそれほど激動してません。) (注2:白血病患者は、多分それほど熱血しません。) 14歳の誕生日を心待ちにしながら その日、永遠の13歳のまま、幕を閉じた…
十四待つ…
おぉ!! 相変わらずびっくりだが肝心の鳥がでてこなかった。 おかしいな。 やっぱ『ジュウシマツ』は『十四待つ』じゃないのかな? えぇと…
あっ。 なぁんだ。『十姉妹』だってさ。 (広辞苑をひいたらしい。)
…… … って、『十姉妹』ぅぅぅ!!!!
自らのいたずらな妄想よりも 事実のほうがよっぽど「奇なり」だったことに 驚きを隠せない犬司であった。
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