|
[ 戻る ]
<< 前のページへ | 最初のページへ |
次のページへ >>
♪ある日〜 森の中 クマさんに であった 花咲く も〜り〜の〜み〜ち〜 クマさんに であった
というわけで本日は 私がまだ若かりし頃… 花咲く森の道でクマに出会った時のお話しでもいたしましょう。 そう、あれは…
と、その前に。 私、今でこそこんなにも穏やかで 人畜無害な好青年ではありますが、意外や意外。 幼い頃は、『クマ殺し』の二つ名で呼ばれ ご近所中をふるえあがらせるほどの凶暴な少年でした。
ちっちゃな頃からワルガキで 15で『不良』と呼ばれるほどのギザギザハートな少年時代。 でも、爪の手入れとかは、すごく神経質なほうで 指先はいつもナイフみたいにとがっていました。 物に触ると、ツメが傷ついてしまうのが悩みのタネでした。 あと、子守唄とかでよく眠っていました。 (チェッカーズ『ギザギザハートの子守唄』より抜粋)
そんなギザギザで傷つきやすい少年時代を過ごした私。 周りのオトナたちには全く理解されず 一方的に『不良』というレッテルを貼られて社会から疎外され 孤独感にうちひしがれておりました。
♪あぁ、わかってくれとはいいませんが そんなに私が悪いのでしょうか? ララバイ、ララバイ、おやすみなさい。
と、歌詞のとおりに眠りにつく前に いつも枕もとの母に尋ねたものでした。
「ねぇ、ママ。ボクのどこが不良なの?」
これはむしろ、魂の叫びであったかもしれません。 ギザギザに傷ついた少年の 最後の抵抗であったのかもしれません。 しかし母は あまりにも無常に、かつ冷静に、事実のみを指摘しました。
「ココです。」
ビシッと突き出された母の指先は 迷うことなく、私の前頭葉を指差していました。 母の目は本気(マジ)でした。
『不良』というよりも、むしろ『不良品』といった感じ。 母の目は、そう、訴えていました。 若干控えめに表現するなら『ポンコツ気味』。 そんな感じです。
こうして私は、若干ポンコツ気味の前頭葉をひっさげて 『不良』の道へと歩み出したのでした。
『不良』と言えば、やはり『ならず者』。 そして『ならず者』と言えば… やはり、アメリカは西部開拓時代の『荒野のガンマン』。 「『不良』を目指すなら、やはり『荒野のガンマン』になりたい!」 夢は、比較的大きいほうでした。 つねに夢見がちだったのかもしれません。 しかし、荒野のガンマンを目指す私の前には 様々な障害が立ちはだかりました…。
1.西部開拓時代はとっくに終わっている。 2.日本には、荒野がない。 3.ガンマンは銃刀法違反の疑いが濃厚。
二番の「荒野」に関しては、「高野山」で妥協する手も考えました。 しかし、西部開拓時代だけはどうしようもない。 東京では西武新宿線、西部池袋線ともに、とっくの昔に開通しており 拝島、所沢、小手指方面にいたるまで すでに西武方面の開拓は完了しておりました。
こうして、私の『荒野のガンマン』の夢はついえました。 2秒でした。 そこで私は、不良としての再出発をはかるべく 今度は『一匹狼』を目指すことにしました。
『一匹狼』
すごくカッコヨイ響きです。 2匹や3匹ではダメ。この際、数にはこだわっていきたい。 しかし、私には一匹狼に関する知識があまりに少ないため とりあえず現役の一匹狼に弟子入りするところからはじめました。 こうして、私は 一匹狼に出会うべく、花咲く森の道へと、一歩を踏み出したのです。
しかし、森に入ってみると… そう簡単に狼はみつかりません。 ためしに遠吠えの鳴き真似をしてみましたが 出てくるのはキノコ狩りのおじいさんおばあさんばかり。 みな不思議そうな顔でこっちをみています。
「すみません。一匹狼を見ませんでしたか?」
「あぁ、夕方さなれば、2、3匹は出てくるけぇ さっさとお家にけぇんなされ(注:帰りなさい)。」
「いえ、おじいさん! 2、3匹ではなく、一匹の狼を探しているんです!」
「だから狼さ出てくる前に さっさと家にけぇんなされ!(注:帰れこんちきしょう)」
こっちが下手にでて丁寧に尋ねているというのに 今時のおじいさんは全く礼儀知らずです。 私の言い分に耳を傾けてはくれませんでした。 オトナ達は、いつも、こうでした。 ピュアでナイーブな私の心は、いっそう深く傷つけられ ふたたび私は、孤独な一人旅を再会したのでした。
そして、間もなく… 森の中でばったりと出会ったのは 一匹狼ではなく、1頭の巨大なツキノワグマでした。
体長、およそ2メートル30あまり。 鋭い眼光、研ぎ澄まされたツメ。 シャケを取る手は、右か、左か…。 全身を漆黒の毛皮で覆い隠し しかし首の部分に、すぅっと白い模様が横切っているのが ワンポイントアクセント。 ちょっとしたオシャレです。 こういうワンポンとのオシャレに、ピーコはうるさい。 ツキノワグマの名前の由来となる、このツキノワ模様は これは絶対、ピーコ対策に間違いありません。 「あら、こういうワンポイントのアクセント。 さりげなくて素敵よねぇ〜。あたし、こういうの好き。」 とか、ピーコに言われたいに違いありません。 これがもし、ツキノワ模様がなかったりしたら 「あんたちょっと全身真っ黒って、それカッコイイと思ってんの! ちょっとおかしいんじゃないの!」 なんていきなり逆ギレされてしまいます。 あんなピーコに「おかしんじゃないの」とか言われたら いくらクマでもへこむはずです。 私ならへこみます。むしろくぼみます。(二度目です。)
いずれにせよ、そんなオシャレさんであっても 花咲く森の道でばったり出会ってしまえば やはり凶暴なクマであることに違いはありません。 しかし、こっちも『クマ殺し』と呼ばれた、この犬司です。 負けてはいません。 クマと出会うのははじめてですが たとえば、目の前のツキノワグマの自慢のツキノワ模様が 実は彼の最大の弱点であるということも知っています。
そう、ツキノワグマの弱点。 それは、まさしくツキノワ模様そのものなのです。
ウソだと思うなら、あのツキノワ模様めがけて 散弾銃を5、6発くらいぶっ放してみるといい。 面白いくらい簡単にやっつけることができます。イチコロ。 弱点さえ知ってしまえば、クマなんてチョロイものです。 そこで、私は、落ち着きはらって こう言い放ってやりました。
「ごめんなさい!どうか命だけは勘弁してください!」
おもいっきり土下座でした。しかも敬語です。 なりふりかまっていられません。なんせ相手はクマですから。 実際、民間信仰などでは 「クマを見たら死んだふりをしろ!」 とか言われているようですが、あれは間違い。 オシャレ通のツキノワグマには、死んだ振りは通用しません。 「ちょっと、あんたホンとは生きてんじゃないの!返事しなさいよ!」 とか、ピーコばりに叱り飛ばさるに決まっています。 だから、クマをみたら、平謝りが効果的です。
こうして、クマを前にしてもひるむことなく 堂々と土下座で平身低頭する私を前にして さすがのクマも身動きができず、しばし、にらみ合いが続きました。 しかし、さきに動いたのは、やはり熊の方でした。
「お嬢さん、お逃げなさい。」
おや?お嬢さん? いくら私が美しすぎるからといって、さすがにお嬢さんは、ない。 聞き間違えたかと思い、おそるおそる聞き返しました。
「あい べっぐ ゆぁ ぱぁどん?」
びっくりするほど流暢なブロークンイングリッシュで聞き返しました。 するとクマは、やはり同じ言葉を繰り返しました。
「お嬢さん、お逃げなさい。」
はて?一体このクマは、何が言いたいのだろうか? ピーコばりにオシャレを理解し 日本語を理解し あまつさえ、流暢なブロークンイングリッシュをすら理解する このツキノワグマが 私をお嬢さんと見間違えるようなことがあるだろうか? ふと、気になって、私は股間に手を伸ばしました。 ズボンの上からでもわかる、この感触… うん、よし。 ちゃんと、ついてる!
「大丈夫、ちゃんとついてます!ボクは、男です!」
「お嬢さん、お逃げなさい。」
クマもかなり強情です。 こちらがチャックを開けて現物でも見せない限り 一歩も引かない構えです。 しかし、いくらひとけのない花咲く森の道だからって チャック開けて現物を引っ張り出すわけにはいきません。 いくら私でも、それは無理。 譲れない。チャックだけはダメ。 そこだけは人として絶対に譲れない! そんな決意がありました。
私のチャックをめぐり しばし、一進一退の攻防が繰り広げられました。 迫り来るプレッシャー。 はねのける犬司。 しかし、次第に追い詰められていくのは やはり、私のほうでした。 クマは、あまりに大きく。そして、あまりに黒い。
「お願いです!どうか私を男にしてください!」
もう、自分でもわけがわからなくなってしまいました。 とにかく、平謝りしかありません。 しかし、ここにきてはじめて クマが態度を改めました。
「ですから、あなたじゃなくって。 そっちの、うしろの…そう、血まみれのお嬢さんですよ。 ほら、お嬢さん。はやくお逃げなさい。」
振り向くと、そこには血まみれ少女の背後霊が…
んっっっっぎぎぎやぁぁぁぁぁぁ!!!○×△■○&□=☆!
というわけで それはもう全力疾走で逃げ出してきました。 あれ以来、クマと血まみれ少女がすっかりトラウマになりました。
でも、そのおかげで 不良の道をあきらめて、立派に更正することができましたとさ。 めでたし、めでたし。
……… …… …
えぇと… 今日は、一体なんのお話でしたっけ?
ではでは、また。
|
さてさてこんばんわ。ご無沙汰しております。
やっぱり今年も2月14日がやってきてしまいましたね。 毎年毎年、性懲りもなくやってくるものです。 うるう年には2月29日とか増やして微調整するんだから 何年かに一度は2月14日を無くしてしまえばいいのに…。 まぁでも、今年は、意外と都合がよかったんですよ。 というのも、ほら、私、現在歯医者さんに通っていましてね。 治療中なんですよ。歯の。 だからね ちょうどチョコレートが食べられない状態でしたから…
あぁ、チョコがもらえなくてよかった♪
……… …… … とういうわけで 相変わらず周囲の空気をさっぱり読めず 人生の最終コーナーへ向けてオーバースピードで突入気味の犬司です。 みなさんこんばんわ。 あまりに寒々しいのもなんですから サクサクと本日のテーマに移らせていただきます。 本日のテーマは、ズバリ!
『高齢化社会の問題を解決すへし!』です。
日本は、今、おじいちゃんのばぁちゃんであふれかえっています。 例えば浅草、あるいは巣鴨。 氷川キヨシのコンサートなどを見れば一目瞭然です。 (注:見るべきところが悪過ぎです) いずれにせよ、全人口にしめる高齢者の比率は 年々、増加の一途をたどっています。 ではなぜ それほどおじいちゃんおばぁちゃんが増えているのか? それは、近隣諸国のおじいちゃんおばぁちゃんたちが ぞくぞくと日本に集結しつつあるとか 民族大移動を開始しているとか そういう理由ではありません。あたりまえです。
高齢者比率が増加するのは 1.生まれてくる子供の数が減りつづけている 2.一方、高齢者が死ににくくなっている という理由からです。
それでは、まず最初に なぜ、子供の出生率が減少しているのでしょうか? これは、実に不思議です。 例えば、最近の若者達と言えば それはもう、出会ったそばからすぐ子作りですよ。 はじめて会って、2時間ほど飲んで、ちょっと歌って… なぁんて思ってたら あらやだ子作り、もう子作りって感じです。 すぐですよ、すぐ。 出会ってから子作りまで半日たらずです。 そっから赤ん坊が顔を出すまでは十月十日もかかるくせに…。 ま、それにしても 多くの若者達がこれほど熱心に子作りにいそしみながらも それでも出生率が上がらないというのですから それはもう『例のゴム製品の品質』を考えるほかはありません。
そこまで考えてくれば、結論など出たも同然。 出生率をあげるには 『例のゴム製品』の生産ラインに “ちょっとした小細工”をするだけです。 たったそれだけ。 ほんのちょっと傷がついたり 破れやすかったりする商品が市中に出回れば、もう安心。 赤ん坊がみるみる生まれ、出生率はウナギ上り。 戦後空前の子宝ブーム到来です。
もちろんこの場合 ゴム製品メーカは相当なクレームを覚悟しなければなりませんが 大丈夫。 そんなものは「仕様です」の一言であっさり解決します。 たしかアメリカ最王手の「窓」を作ってる会社が しばしば使う手法です。 通称、なんやら・ゲイツ方式。 えぇと…鉄筋コンクリートとか、そういった固い感じの… ビル!そう、ビル・ゲイツ方式です。(ベタ) また、しばらくたってから 「深刻なセキュリティーホールが発見されました。」 とかいい加減なこといって アップグレード版のゴム製品をサクッと再配布するのも、ゲイツ方式。 クレームだの集団訴訟だのは一切無視です。
まぁ、そういうわけで 出生率を上げるのは対した問題ではありません。 むしろより深刻なのは 死ににくくなった高齢者をどうすべきか? と言う問題だと思います。
さてさて。 これは非常にデリケートな問題ですが 例えば、比較的低コストで実効性のある手段としては 墓石のチラシを執拗に送りつけるなどの 地味に感じ悪い手段が考えられます。 しかし、政府がやる手段としてはあまりにも地味です。 むしろ、みっともないです。 そこで、もう少し華々しい手段を考えなければならないわけですが この場合次のような華々しい作戦が考えられます。
『高齢者、アンゴラにて地雷撤去作業に従事』
すごくPKOっぽくてあれです。感じよいです。しかも華々しい。 いわゆる平和的ポランティア活動です。 もちろん高齢者の労働力を期待するわけですから 技術的に高度な作業や、重労働はできません。 しかし地雷撤去作業とは 皆さんが思っているよりもずっと簡単なのです。
1.アンゴラの草原にて、高齢者、一直線に並ぶ 2.そのまま、ひたすら前進。(休憩自由)
たったそれだけの作業。技術も体力も不要です。 しかし、例えば従来型の地雷撤去であれば 1.電子機器で地雷を探知 2.厳重に警戒しつつ撤去 3.慎重に解体処分 と、専門技術者をもってしても3工程かかっていたのですが 今回の作戦の場合、地雷の発見から爆破処分までが 高齢者もろとも、たったの1工程ですみます。 素晴らしい撤去スピードです。 しかし、非常に残念なことに 『アンゴラの地表に眠る対人地雷相手に 物量にモノをいわせて高齢者を投入』 という作戦構想が、確か「非人道的っぽい」とかいう理由で 国連安保理決議でも却下でした。
では、これにかわる高齢者対策とは何か? ということなのですが それはもう、ポケットの中にアイデア無尽蔵のこの犬司。 (↑死ぬまでしまっとけ) アイデアなんて腐るほどあります。 (↑むしろ腐ったアイデアばかりです。) というわけで、高齢者対策なわけですが…ズバリ!
『高齢者たちよ。いざ、南方へ!』
これです。これにつきます。 もう少し分かりやすく、どういう作戦なのかというと… 例えば、南方の沖縄県などは、非常にご長寿県で有名です。 90歳をこえる、超級高齢者たちがわんさといます。 しかもみんなかくしゃくとしていて びっくりするくらい活きがいい。(こら) むしろ、あんたら本気で死ぬ気があるのかと…。 そこで、日本全国の高齢者を南方諸県にあつめて 90歳超級のキング・オブ・高齢者に謁見させ 喝をいれていただこうということです。 65歳で年金生活を満喫している高齢者たちなぞ このような、真の高齢者を前にしては、もう、ヒヨッ子同然。 「くらぁ〜!イイ若いもんが、なにをダラダラしちょるかぁ〜!!(怒)」 などと、出会い頭に一喝浴びせられ そしてそれから延々と三時間ばかり説教です。 「わしがまだまだ若かった頃は…」 なんて言いながら、自分が70歳だった頃の思い出話でもされた日には もう、たまりません。 戦前・戦後を、日露戦争で語られてしまったら手も足もでない。
「お前らのような若造が、年金もらってくらすなぞ十年早いわ!」
こうして、世の高齢者達はぞくぞくと年金受給を捨て 現役復帰してくるわけです。 要するに いかに平均寿命が延びようとも 高齢者とは、そのトップ一握りにのみ許されるべき称号なのだと そういう意識改革こそが必要なのだと思います。
こうして、南方帰りのおじいちゃん達が 「わしゃぁ…まだまだ、青かった…」 などと、しょんぼり肩を落としつつ、バイトでもはじめたら もう、高齢者問題は解決したも同然です。 あとは、そんなおじいちゃん達を尻目に、レッツ子作り♪ (ヒヨッ子です。)
さてさて。 というわけで、最近 『単にバッドアイデアなだけじゃなく、むしろすさんできた』 と、ご近所でも評判のまだ終わらんよ。 もうぼちぼち、撤収模様だとおもうのですが… 『まだ終わらんよ』の引き際をご存知の方 「そろそろだよ」って、やさしくメールにてご連絡ください。笑
ではでは、また。 撤収。
|
エコ? 2003/02/03(月)
さてさて、こんばんわ。 相変わらず更新ペースの悪い「へなちょこ」管理人、犬司です。 へなへなしてる割に、意外とちょこざいだから「へなちょこ」です。 (ウソです。) へなへなしているチョコでも、もらえると嬉しいな♪という意味で 「へなちょこ」かもしれません。 ……… さぁ、2月14日に向けて、当方、受け入れ態勢は万全です! (むしろ必死と言うべきかもしれません。)
というわけで 人生の土俵ぎわイッパイを華麗に持ちこたえてみたところで 本日のテーマへとまいりましょう。 今日のテーマはこちら↓
エコ
矢印の位置と「エコ」の位置とが微妙にあっていないあたりは いまさら突っ込む必要も無いと思いますが 今後の展開いかんでは そこが一番おもしろかったという可能性が高いです。 念のため、笑っておいてください。
さてさて。とにかく、「エコ」です。 世の中、右を向いても左を向いても 猫も杓子もエコエコエコエコ言っています。 日本じゅう、エコ真っ盛りです。 ……… まぁ、実際のところ 猫が「エコ」と言ったというのは空耳の可能性が高いです。 杓子にいたっては 何かにぶつけたときに「コトッ」っと音がしたのが 「エコッ」に聞こえただけかもしれません。 いずれにせよ、とにかく、世の中エコまみれです。
エコって、そんなに大切ですか?
確かに、地球環境をどうにかしなくてはならないのは分かります。 例えばオゾンホールは年々拡大化していき 砂漠化も深刻化しつつあります。 南極の凍りも徐々に解けつづけて いずれは東京などあっさり沈没してしまうそうですね。 そうすると東京中どこもかしこも海岸線となり 例えば九十九里や湘南あたりの海水浴場の希少性は消滅し もう、商売上がったりです。
地球温暖化現象は、海の家を滅ぼす。 (あるいはサザンにも影響あり!)
地球環境への理解が、いまいち不十分かもしれませんが とりあえず気付かなかったことにして先に進みましょう。 とにかく、地球環境がやばいんです。
そこで、例えば 地球温暖化現象を促進する二酸化炭素の排出を押さえるために 「エコカー」なる車が開発されたりするわけです。 ……… …… … はい、いま 「だったらそもそも車に乗るなよ!」 とかツッコンじゃった人。 あなたの負けです。 退場。
いいですか? 車は必要です。絶対必要。 一度発明してしまった便利品を、いまさら手放すのは非常に難しい。 だから車そのものを排除するという考え方は不許可です。 しかし、車が二酸化炭素をしこたま排出するのも事実。 そして過剰な二酸化炭素が地球温暖化を促進し 地球環境が破壊される。 では、我々人類は、一体どうすべきか?
そこで私が言いたいのは なぜ、車を「エコ化」するのだろうか? なぜ、車の段階で「エコ」を語るのだろうか? むしろもっと抜本的に 地球温暖化現象そのものを「エコ化」すべきではないのだろうか?
エコ地球温暖化現象
やはり、こういう抜本的なレベルで手を打つ必要があると思います。 ほら、地球って、宇宙空間にぽっかり浮かんでるわけだから ものすごく寒いはずなんですよ。 ところが人類が地球をぽかぽかに暖めてあげれば 地球だってなんだかやる気が出てきて それとなく頑張ってくれそうじゃないですか。
「俺達が地球をちゃんとあっためてやるから、な。 地球よ。お前も地球環境くらい、自力でなんとかしろよ!」
くらいのあたたかい愛情と叱咤激励をこめた地球温暖化現象こそが 真の意味での「エコ」ではないでしょうか?(ないです。) そして地球環境の改善を地球の自浄能力に一任し むしろ我々は「火星環境」とか「木星環境」とかにも もっと暖かい目を向けてあげるべき時期に きているのかもしれません。 それを猫も杓子もエコエコいって 地球環境ばかりに目をうばわれてばっかりいては…
それこそ『エコひいき』というものです!!!
はい。そう言うわけで↑ここが、今日のオチです。 相変わらず弱いです。 こんな弱いオチのために、本日のコラムが存在したのかと思うと 環境問題のはるか以前の問題のような気がします。
しかし、これにめげず 次回は『高齢化社会』の問題とかに取り組んでみようと思っています。 やけっぱちです。 がけっぷちでもいいです。似たようなものです。
というわけで、相変わらずの犬司でした。 ではでは。このへんで… 撤収!!
|
[ 戻る ]
<< 前のページ | 最初のページ |
次のページ >>
|