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「あっ…。狼だ。」
『な、な、なにいってるんだい?かわいいかわいい赤ずきんや。 わたしゃお前のおばぁちゃんぢゃないか。えぇ? おばぁちゃんの目がこぉんなに大きいのは かわいいお前の姿をいぃぃっぱい…』
「いや、聞いていないから。そんなこと。」
『だから、おばぁちゃんのお耳がこぉんなに大きいのは かわいいお前の声を…』
「だから、ちっとも興味ないから。そんなこと。」
『き、興味ないって…そんな… おあばぁちゃんはお前のことをこんなにも愛しているのに…』
「つか、狼ごときに愛される筋合いないから。」
『いやホンと、マジおばぁちゃんですって!!! もう勘弁してくださいよ〜。赤ずきんさぁん。』
「だから、どっから見ても狼じゃん。 目とか耳とかどうでもいいよ。むしろその手!」
『手?……手、ですか?えぇと…手が何か?』
「肉球!」
『あっ、いけね! …… いや、あのそうぢゃなくて、あれですよ。あれ。 これね、肉球じゃないんですよ。ほら。あの… そうそう。 おばぁちゃんね、この間、川に洗濯にいったんですよ。 すると川上から大きな桃がどんぷらこっこって流れてきて で、えぇと…まぁそれは今は関係無いお話なんですけど そん時に、ほら、洗濯する時って、洗剤使うでしょ。洗剤。 そしたら手が荒れちゃって荒れちゃって。 見る見る手のひらが腫れあがってきちゃって… それでこんな手に。』
「ありえない。」
『ありえますって!!むちゃくちゃありえますよ。 これそうとう肌荒れですよ。肌荒れ。ほら。 ね、ね、よぉ〜く見てくださいよ。』
「だからわざわざ洗剤使うなよ。狼風情が。」
『いや、狼じゃないですぅぅ!!おばぁちゃんですって!!』
「仮におばぁちゃんだとしてもだ。 川で洗剤使うなよ。な。常識だろ。」
『あっ、…そ、そりゃぁごもっともです。赤ずきんさん。 すんません。』
「……… あのさぁ。いきなり敬語になってるのも気になるんだけど むしろその『赤ずきん』っていうの、それやめてくれる? すっごく気に入らない。むしろムカつく。」
『へっ?……そ、それじゃぁ おばぁちゃんはかわいいお前のことを何と呼べば…』
「当然、名前。」
『へっ?』
「だから名前。私の本名。」
『だから、赤ずきんちゃん』
「それはずきん!! あぁムカつく。ムカつく。すんごいムカつく。 びっくりするほどムカつく。 いい?耳の穴かっぽじってよぉく聞いてよ。ね。 その『赤ずきん』ってのは、それはずきんのことでしょ。 ずきんの特徴を言ってるだけでしょ。赤いずきん。ね。 私が聞いてんのは私の名前よ!!な・ま・え!!わ・た・し・の!! もしあなたが私のおばぁちゃんなら ちゃぁんと名前で呼んでよ。」
『名前って言われても……分かったわ。 うぅ〜んと…えっと…うんと… …ちょっとまってて。 おばぁちゃん、今、当てるから。』
「いや待て。おい、当てるて…」
『よしっ決めた!ベンジャミン!!』
「張り倒すぞ!!!」
『ハズレ?ダメ?間違い? え、えっと、これ何回まで答えていいの? ヒントは?ヒント。』
「いや、だからそういうゲームじゃないから…」
『よ…よし子?』
「おい」
『そ、それじゃぁ…ジャスコぉぉ!』 ……… …… … やっぱ、ダメ?間違いっすか?』
「当たり前だろこのポンコツ! なにがジャスコだよ!それ人名じゃないだろ!」
『そんなポンコツって…ひどいなぁ。 おばぁちゃんに向かってポンコツだなんて』
「うるさい!黙れ!ポンコツ狼!しゃべるな! いいこと?ちょっと聞いて? 私ね。小さい頃からず〜っと 赤ずきん赤ずきんって呼ばれつづけてきたの。」
『今でもまだ小さいじゃないですか。』
「うるさい。黙れ。ポンコツ。呼吸もするな。 ……… でね。両親ですら、私の名前をちゃんと呼んでくれないのよ。 顔をみれば『赤ずきん』って、そればっかり。 これって、ひどくない? あんたらぢつの娘を洗脳する気かと。 精神的に追い詰める気かと。 じわじわと追いこむ気かと。 むしろ新手のイジメかと。」
『あのぉ…ひょっとして、あれぢゃないですかね。 本名が『赤津 きん』、とか。 そういうオチじゃないですかね。 あれっすよ。出生届とか戸籍とか調べたほうが… ……って、ま、待ってくださいよ。 やばいっすよ。やばいって。 マジ包丁だけは勘弁してくださいって!!』
「『赤津きん』とか、そういうの全然笑えない。 おもしろくない。サイテー。ムカつく。 つか刺す。すごく刺す。殺す。絶対殺す!」
『ま、待ってください!落ち着いてくださいって! やばいっすよ。ほんとスンません。スンませんって。 包丁はおいてくださいよ。 まぢごめんなさい。許してくださいぃぃぃ!!!』
「てかさぁ。…ホンと聞いてよ。 ……… パパなんてさぁ、真顔で 『お前の「きん」は「菅井きん」からとっただぞぉ』 とかゆってんの。やんなっちゃう。 極めて真顔でゆってんの。 もう刺したい。刺し貫きたい。我慢できない。アホ過ぎ。」
『へっ?』
「ちなみにママの本名は『赤津ノマ』(開かずの間)。 本名よ。本名。しかも 『ママはねぇ。ずぅ〜っと閉じ込められて育ったのよぉ♪』 とか素っ頓狂なことを、底無しの笑顔で言い放つの。 ママもアホ過ぎ。手遅れ。もうほどこしようがない。 血のつながりを絶ち切りたい。 もう何もかも無かったことにしたい。 ……… ねぇ、おばぁちゃん。 あんた娘にどういう教育を施してきたの?」
『え、えぇと…『赤津きん』って、ぢつ話でしたか。 そんでもって、つまりわたしは あなたの母方のおぼぁちゃんという設定なんスね。』
「そうね。あなたが本当のおばぁちゃんならね。」
『も、もちろん本当のおばぁちゃんですよ。 ちょっと物忘れが激しいだけで。』
「『赤津家』はねぇ、先祖代々の家柄なのよ。」
『そうなんスね。そういう設定なんスね。 そうそう。ちゃぁんと思い出したわよ。 私の娘が『赤津ノマ』で、その娘が『赤津きん』と… あら?それじゃ、パパの名前は?』
「孫兵衛」
『ま、まごべぇ? 赤津まごべぇ?』
「違う。ただの孫兵衛。 まだ苗字帯刀が許されてないから。」
『な、なんじゃそりゃ。』
「だから苗字が許されてないのよ。 だって…パパはしがない小作農だから。 でも、ママったらそんなろくでなの農民風情に恋をして…。 そして私ができたから結婚したの」
『で、できちゃった結婚!!』
「ヤメテ!そんな言い方しないで!ちゃんと愛はあったの!」
『いや、でも事実は事実…』
「とにかく『できちゃった結婚』はやめて。お願い。 苗字帯刀も許されない、しがない小作農のパパが 由緒正しき赤津家にもぐりこむには、それしか手がなかったの。 むしろパパに言わせれば『結婚できちゃった♪』って感じなの。」
『いや、結婚できちゃった♪ぢゃなくて… 結婚させんなよ!そんなヤツと!』
「それじゃ私を「堕ろせ」ってこと! ヤメテ!聞きたくない! そんな汚らわしい言い方。ヤメテ! 私だって乙女なんだから!」 つか、狼風情に私の存在を否定されたくないんだから!
『狼風情って…。 私はおばぁちゃんですって!』
「まぁだそんなこと言ってる。まったくもう。 あなたはあくまで、私のおばぁちゃんだと言い張るのね。 ……… …… … ま、いいわ。認めるわ。」
『えっ?ほ、本当!! なんだかよくわからないけど。とにかく嬉しいわ♪ 私をおばぁちゃんと認めてくれるのね♪』
「えぇ、もちろん♪あなたが私のおばぁちゃんよ。 『赤津ッキーニ』おばぁちゃん♪」
『???なっ、なんですか?それ。』
「もちろん名前よ。おばぁちゃんの。 あなたの本名。『赤津ッキーニ』」
『えぇと…すごく発音が中途半端な気が…』
「そんなことないわよ。『ッキーニ』。 あら。おばぁちゃん、知らないの? ズッキーニ。野菜の一種。キュウリみたいなやつ。 それの赤いヤツだから、赤ズッキーニ。 ……… ホンとにあるのかしらね♪赤いズッキーニなんて。」
『そ、そんないい加減な…』
「ま、それにしても…。不思議ね。 私のおばぁちゃんって 本当は10年も前に狼に食べられて死んだはずなの。 私が生まれる前の話よ。 でもね。そのたんびに、変な狼がおばぁちゃんの名をかたって そうやってベッドで寝てるの。 私が知ってるだけでも、あなたで3人目よ。 3匹目って言うべきかしらね。 狼って、そうやって共食いを繰り返す習性があるのね。 まぁ、それにしても。 『赤津ッキーニ』おばぁちゃんがいるかぎり 私、『赤津きん』でもやっていけそうな気がするわ。 『ッキーニ』よりは『きん』のが遥かにマシだものね♪ それじゃ、おあぁちゃん。元気でね。 しばらくの間、食べられたりしないように気をつけてね。 ばぁいばぁい〜♪」
こうして、赤ずきんは共食い狼を残して 元気におうちへと帰っていきましたとさ。
めでたし、めでたし。
〜犬司著:『知られざる昔話大全集』より抜粋〜
『あ、あのぉ… 私は、ほったらかしッスか? おれ、と…共食いしちゃったんですか? うわぁぁぁ!!!気持ち悪ぃぃぃ!!!!』
注:相変わらずオチが弱い点に関するご指摘等は 一切うけつけておりません。胃腸によくないからです。
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『芸は身を助く』という言葉があります。
なにかしら他人に秀でた芸を持てば それがたとえどのような種類の芸であれ いずれ、生活の助けあるいは支えとなるかも知れない。 だから、どんな些細なものでもいいから 人に秀でた芸を身につけなさい、という教えです。 はては『早メシ、早グソ芸のうち』などという そうとうにやけっぱちな教えもあるほど 人に秀でた芸というものを、日本人は大切にしています。
というわけでこんばんわ。 無駄に長く、かつくだらないコラムを書かせたら 極端に“秀でた”才能を発揮しつづけている犬司です。 “秀でた”の部分は むしろ“はみ出した”あるいは“逸脱した”などの方が よっぽど適切かもしれませんが そっとしておいてください。 そのあたりの日本語表記に関しましては 当方、かなり神経質になっております。笑
さてさて。さっさと本題にうつりましょう。 本日のテーマは『芸は身を助く』ということなのですが 昨今、私が大変注目している芸が、ひとつあります。 それはズバリ、『スプーン曲げ』です。
『スプーン曲げ』… 言うまでも無いことですが、スプーンは曲げる必要の無いものです。 すでに適度なカーブで加工されているため そのままスープが飲めます。プリンがすくえるわけです。 では、なぜ『スプーン曲げ』という芸が存在するのか…。 曲げる意味が無いからといって ただちに『スプーン曲げ』が無駄なわけではありません。 例えばカラテの『瓦割り』なども同じです。 瓦を割ったからといって、なにか便利なわけではありません。 生活に役立つわけでもない。 しかしカラテの場合は それはカラテの実力を高める目的で割るのです。 カラテの実力が高まれば、いずれ身を助けることになりましょう。
で、『スプーン曲げ』は…?
そう。 彼ら『スプーン曲げヤー』たちは (注:スプーン曲げ+erで、スプーン曲げをする人の意。←ぉぃ) 『スプーン曲げ』そのものが目的となっているのです。 スプーンを曲げるためだけに、スプーン曲げという超能力を使う。 せっかくそれだけの力を持ちながら 他の金属を曲げようとはしない。目もくれない。 ただひたすら、スプーンだけを曲げる。 曲げる。曲げる。曲げる。 そして満足。 ……… …… … 大変申し上げにくいことですが なにか人生を勘違いしてはいませんか?
いいですか?スプーン曲げヤーのみなさん。 あなた達の力を何らかの形で役立てたいのなら 例えば、ただちにアメリカのシカゴに渡って 街中にあふれるマシンガンの銃口を片っ端から捻じ曲げるのです。 超能力でシカゴから銃を撲滅するのです。 「私達の愛の力は、あなたたちの銃口には、決して屈しません!」 と、声高らかに言い放つのDeath! おぉ、ぶっきらぼぉぉぉ!(←注:ブラボーの誤り) すごくラブ・アンド・ピースです。 もちろん、銃口を曲げる前には 「曲がるまでちょっと時間がかかるので、撃たないで下さい。」 「集中しているので、話しかけないで下さい。」 等、あらかじめ打ち合せておいた方が無難です。 シカゴのギャング達は、通常、気が短いですから。 そして、見事銃口を捻じ曲げた暁には 両腕を広げ、ぎゅぅぅっとギャング達を抱きしめてあげてください。 (注:もちろん超能力は全開でお願いします。) ラブ・アンド・ピース・アンド・ギャング撲滅Death。
というわけで 私の研ぎ澄まされた頭脳をちょいと働かせれば このようにとってもラブでピースでギャング撲滅チックな 素敵フルシナリオが、立て板に水のごとく展開されるわけですが… あれです。 曲げヤー諸君は、すごく能力を浪費しておりますぞよ! (注:最近、日本語が乱れぎみで恐縮です。)
で、ですねぇ。 にもかかわらず何ゆえ彼らが ちまちまとスプーン曲げばかりに固執しているのかと言うと… 要するに彼らは 『本当は曲げられない』 ということだと思います。 曲げられないから、曲げる力を役立てようがないわけです。 「えっ?だってテレビとかでちゃんとスプーン曲げてるじゃん」 とか言い出すひともいるかもしれませんが… そう、確かに彼らは曲げてます。 でも、曲げることに力を発揮しているわけではないのです。 彼らがスプーンを捻じ曲げるのは、あれはズバリ人力です。 しかし、彼らの能力は偉大です。私が保証します。 なぜなら彼らの真の能力とは…
『人力で曲げられるほど金属疲労したスプーンを見極める能力』
というわけです。 これは偉大です。 通常、サビなどの外見的な特徴が無ければ 金属疲労を人間の目で見極めることは難しい。 しかし、彼らは一目でわかるのです。 番組が用意した数十本のスプーン中に隠された 『あらかじめ金属疲労して折れやすいスプーン』 を瞬時に見出すのです。 すばらしい。 さらに想像の翼を広げれば 『あらかじめ折れやすいスプーンに自分だけに分かる印を刻んでおく』 などの繊細かつ高度な技術が要求されるわけです。 とってもすばらしい。 誇るべき能力です。“超”能力と呼ぶにふさわしい。
このような能力を役立てたいと思うのなら さぁ、曲げヤー達よ。いざ、NASAへと旅立たん!! 一目見ただけで金属疲労を見ぬく能力なら きっとNASAが大金を払ってくれるでしょう。 スペースシャトル打ち上げ前の“超能力チェック”。 『あらかじめ折れやすいボルト・ナットをしこんでおく能力』 『それに自分だけがわかる印を刻み込んでおく能力』 『そして見事に発見する能力』 これらの超能力による活躍が期待されます。 (うっかり見落としたら一大事なので注意が必要です。) というわけで、本日は 一見つぶしの利かない芸として名高い『スプーン曲げ』を 私なりに劇的にプロデュースしてみました。
そうそう。もう一つ。 『おでこに1円玉が重ねてくっつく』という超能力にも ぢつは意外な役立て方があるのですよ。 それを簡単に解説致しまして、お別れの挨拶といたしましょう。 それではみなさま。さやうなら…。また来週。
1、『おでこくっつけヤー』を逆さにつるす。 2、そのまま『空き缶入れ』に突っ込む。 3、引っ張りあげる。 4、おでこにアルミ缶だけがくっついくるので スチール缶とアルミ缶が分別できる。
というわけです。簡単ですね。 空き缶の分別なんてすごくエコっぽくてあれです。いい感じです。 でも、決して人目につくところでやらないでくださいね♪ やってること自体は、ものすごく感じ悪いですから。 ではでは。また。
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どうもこんばんわ。ご無沙汰していてすみません。 犬司です。ちゃんと生きてます。
一度更新が途切れると、なかなか復活できなくなりました。 ちょっと無理して更新しようとすると、どうも体の節々が…。 いやですね。年をとるって。 ……… …… … というわけで 困ったことを全て年齢のせいにする ずるい大人に成長することができました。 今月末で29歳。 30代突入を目前に控え、準備は万全です! (注:もっと人生を大事にしようと思います。)
さてさて。 私事で恐縮ですが、去年の秋頃から 近所の多摩川のサイクリングロードでサイクリングなどという ぢつに、さわやかな趣味をはじめてみました。 春風に吹かれて川岸を疾走するわたくしといったら それはもう必要以上にさわやかです。 さわやかすぎです。 無駄にさわやかです。 (↑繰り返すあたりがしつこいです。)
なぜサイクリングをはじめたのかというと 我が兄から、10万円ほどもする高価な自転車を “形見分け”していただいたからです。 ……… ちょっとまちがえました。 思えば兄貴はまだ生きているから、法的には“生前贈与”です。 いずれにせよ、兄にしては切符のいい話でした。 兄が死んだ暁には、仏壇の前に座って 「兄よ、あなたは偉かった…」 と、一度くらいは手を合わせずにはいられないほど 感謝の思いに胸がうちふるえてくるわけです。 「あんな兄でも、生きてる間に一度くらいは役に立ったよ…」 父が死んだ暁には、仏壇の前で報告しなければなりません。 とにかくそれくらいの美談だったわけです。 (↑それを美談とは呼びません。)
まぁ、実情はどうかといえば 引越しの時に「これ、どうせもう乗らないんだろ!」 と勝手に決めつけて有無を言わさず強奪してきたわけですが まぁあれです。思い出とは、常に美しいものなのです。 あるいは切ないか甘酸っぱいかのどちらかです。 こんかいは美しい方向でねじまげてみました。 さぁ、みなさんも過去の事実をねじまげて 素敵な思い出をたくさん作ってくださいね♪ ではでは、また。
…って、終わってる場合じゃありません。 今日はそういうお話ではありません。 とにかく私、サイクリングをはじめたわけですが…。
先週の日曜日 走っていると突然、目が痒くなってきました。 もうとにかく痒い。むちゃくちゃ痒い。 むしろ痛い。涙があふれてくる。 「いかん。このままでは無駄に感無量で疾走している アブナイおやぢだと思われてしまうぢゃないか!」 今思えば、目の痛みの方がよっぽど深刻だったのですが 人間、目が痛ければ痛いほど、判断を誤るものです。 とにかく このまま涙と鼻水を垂れ流してサイクリングロードを走っていれば どうころんでもアブナイおやぢまっしぐら。 時は、一刻をあらそいました。 早く、なんとかしなければ…。 そこで私は、とりあえずサイクリングロードをおりて 人目につかない裏路地に飛びこんだわけですが…。 「いかん。本格的なサイクリングウェア着て 裏路地走ってるほうがよっぽど目立つぢゃないか!」 人間、いくつになっても判断を誤るものです。 しかし、目の痛みが激しくなってきて いよいよそれどころではなくなりました。 まずは、目。 とにかくこの目の痛みをなんとかしなければ。 目の痛みは、ついに人の判断を正しく導くものです。 「そうだっ!コンタクトレンズ!」 そう、こんなに目が痛いのに、目にはコンタクトが入ったままでした。 すかさずコンタクトレンズを捨て去りました。 えぃっ、とばかりに投げ捨てました。かっこいい。 と言っても、所詮は使い捨てレンズなので痛くも痒くもありません。 いや、目は痛くて痒いです。 そこで、ふと重大な事実に気がつきました。 「今コンタクトはずしたら、家までちゃんと帰れないぢゃないか!」 やはり、目の痛みは人の判断を誤るものなのかもしれません。 とにかく、目は痛むは見えないは、鼻水は出るは止まらないはで ほうほうの態でようやく家にたどり着きました。
すぐに洗面所にかけこんで目を洗いました。 でも、まだ痛い。 帰るなりものすごい形相で洗面所にかけ込む我が子を見て さすがの母も心配そうにのぞきこみます。 「ちょっと。あんたどうしたの?」 「なんだか、ゴミか虫が目に入ったみたい。すごく痛む。」 「ちょっと見せてごらんなさい…… あっ、これ、コンタクトがずれてるじゃないの。」 「えっ?コ…コンタクト?」 洗面所の鏡でよく見ると、ちょうど右目のわきに 半透明のものがへばりついていました。 「なぁんだ。コンタクトがずれてたんだぁ。」 と、おもむろに指で触ると…
激痛。
「痛っ!むちゃくちゃ痛っ!つか、あれ!俺、コンタクトはずした!捨てた!」 「あるわよ。ほら、その黒目のよこ」 「違う!これコンタクトじゃない!なんか別のもの!」 なんだかコンタクトではない半透明のぶよぶよしたものが 黒目のわきにへばりついている恐怖感というのは 実際に味わった人にしか分からないと思います。 黒目のすぐわきだから、見えるのです。じかに。 なんかこう視界の右半分くいらいが 半透明の未確認物体で覆われている恐怖感といったら…。
「うわっ。うわっ。何か、何か変なのついてるぅぅぅ!」 「とりなさいよ。」
思えば母は、いつも冷静でした。 右目についた半透明のぶよぶよで取り乱してる我が子を前に かける言葉といったら「とれ」以外にはないと思います。 あまりに適切なひとこでした。 私は気を取りなおして もう一度ぶよぶよ撤去作業にかかろうとすると…
激痛。
あともうちょっと痛かったら 今までの人生が走馬灯のように脳裏をよぎる。確実によぎる。 それくらいの痛さでした。 とにかく痛い。常識では考えられないくらい痛い。 ありえない。このぶよぶよはゴミとかそういったものじゃない。 絶対違う。 触るだけでこれだけ痛いのだから、これはむしろ…
「眼球!これ眼球だよ!そのものだよ!眼球自体が腫れてるよ!」 「あらそう。眼球。」
思えば母は、くやしいくらい冷静でした。 黒目の右側の眼球が腫れあがった我が子を前に かける言葉と言ったら「眼球」以外にはないのかもしれません。 不幸なことに休日で最寄りの眼医者が休みだったため 翌日、仕事を途中で抜け出して眼医者に行きました。 そのころにはすでに眼球の腫れはすっかりひいていたのですが どれほど辛くて痛くて怖い思いをしたのかが伝わらないと悔しいので ものすごくオーバーに眼球の腫れ具合を説明しました。 10分くらいは、熱く語ったかもしれません。
「大丈夫です。眼球が腫れるのはよくあることです。問題無い。 ただ、炎症が残っているようなので 一応、目薬を処方しておきます。お大事に〜♪」
1分足らずでした。 思えば、眼医者に殺意を抱いたのは、これが初めてです。 「問題無い。」「よくあることです。」「一応」「お大事に〜♪」 ヤツはきっと眼球が腫れたことが無い人間です。 眼球も腫れたことないくせに、なにが眼医者ですか! 眼球一つ腫れずに、一人前といえますか! 眼球腫らしてから出なおして来やがれ!
目が腫れた原因は ゴミ、虫などが入ったか、花粉などによるアレルギーのものか はっきりとは分からないそうです。(←きっとヤブ医者です。) いずれにせよ そういう恐れのあるところには近づかないようにしろ ということでした。 ……… …… … 今は、5月。 春風がチリやホコリを巻き上げ、虫たちは活発に飛びまわり 草花は咲き乱れ、花粉を飛ばす。 ゴミや虫や花粉のおそれの無い場所が いったいどこにあるというのでしょうか? 私の居場所は、どこにあるのでしょうか?
というわけで。 目の腫れは無事に治りました。今は大丈夫です。 まぁ、今回の貴重な体験を簡潔にまとめると
・半透明のぶよぶよには注意しろ。 ・身内は以外と冷静だ。 ・眼医者は役立たずだ。
ということだと思います。 みなさんも眼球が腫れあがったときは十分気をつけて下さい。 むしろ腫れあがることがないように、十分気をつけて下さい。 ではでは。また。 ちゃんと更新するからね。さやうなら。
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