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「…ん?そ、そこにおるのは、なに奴じゃ! 出会え、出会えぇい。くせ者じゃ。出会えぇぇぇい!」
思えばあの頃 ニッポンのサムライ達は、みんな出会い系だった… 〜 トム・クルーズ 映画『ラスト・サムライ』より
相変わらずのうそ八百で始まりました、まだ終わらんよ。 司会の犬司です。こんばんわ。ご無沙汰しております。 久方ぶりの更新にもかかわらず、のっけからうそ八百でごめんなさい。 しかも相変わらずかっこよくてごめんなさい。(←うそ八百一) 必要以上に爽やかナイスガイでごめんなさい。(←うそ八百二) いつもいつも、若々しくてごめんなさい。(←うそ八百三) 「とても26歳には見えませんよぉ♪」 なんて言われちゃって、本当にごめんなさい。(←うそ八百四) だってほんとは29だから…。(←もうじき30です。) すでに40を越えてるにもかかわらず ありえないほどのカッコよさをほこるトム・クルーズを見ても 決してうつむくことなく堂々と生きていける、立派な大人になりました。 (世間ではそれを『開き直り』と言うが気にするな。)
さてさて。冗談はさておき… 本日のテーマは、じつに唐突ですが『鳥インフルエンザ』です。 冒頭のトムクルーズはちっとも関係ないのが超びっくりです。(ぉぃ)
近頃、世間では鳥インフルエンザが猛威をふるっております。 もっぱらニワトリの感染・発病しか話題にならないのに 『鳥』インフルエンザという名前なのが、微妙に不思議だったのですが なんでもニワトリだけがかかる病気ではないそうです。 おもに鳥全般、例えば鴨にも感染するわけですが 鴨に感染したとしても、全く症状がでないそうです。 少なくとも、今回の鳥インフルエンザ(H5N1型)は、鴨には症状がでず ニワトリの場合に、下痢や発熱などの症状がでるそうです。 こう言うことって、よくありますよね。 例えば人間用のインフルエンザだって バカには感染しないことで有名です。 そこで、今回の鳥インフルエンザの経緯をふまえた上で 『鴨は風邪ひかない』 ということわざを、我が辞書に加えておこうと思います。 意味は特にありませんが なんとなく、鴨をぎゃふんと言わせてやりたいです。 ………
ちなみに、人間用のインフルエンザは、大昔から存在していたようで 古くはヒポクラテスの時代から、インフルエンザの記録が残されているそうです。 ちなみに、このヒポクラテス。 紀元前460年頃の人で、『医学の父』と呼ばれた人です。 ということは、この人の奥さんが医学の母。 二人の間にできた子供が医学君です。みなさん仲良くしてあげてください。 ……… 近代医学において本格的なインフルエンザの研究がはじまったのは 1918年に『スペインかぜ』が大流行してからだといわれています。 スペインかぜというくらいだから そうとう情熱的な咳が止まらなかったのでしょう。 全世界でおよそ6億人くらいの人が感染したというから驚きです。 世界規模で情熱的な1年だったことは間違いありません。 その後、『フランスかぜ』(鼻水が微妙にアンニュイ、風邪薬がクリーミー) 『ロシアかぜ』(気温が−30℃に達すると寒気がするがウォッカがうまい。) 『オランダかぜ』(くしゃみで風車すら回せる。) など、様々なインフルエンザが猛威を振るったのは記憶に新しいですね。 (大半がウソですが。)
では、鳥さんのインフルエンザはいつ頃から存在するのかというと… 正確なことは分かりませんが 人間のインフルエンザが紀元前からあることを考えれば 鳥インフルエンザだってそうとう昔からあったと考えるのが自然です。 おそらくニワトリのトサカが赤くなりはじめた頃には すでに存在していたものと思われます。 (いつ頃から赤くなったのかは分かりませんが…) しかし、なぜ。 なぜ、今この時期に 唐突に鳥インフルエンザが猛威をふるったのか?
ちょうどBSE感染(狂牛病)が世間をにぎわし お肉屋さんからは、牛肉が姿を消し あっちで焼肉チェーンが倒産し、こっちのステーキ屋が閉店し さらには吉野屋、松屋からも牛丼が消え失せ 牛肉業界全体が致命的なダメージをこうむったちょうどこの時期。 焼肉から焼鳥へ… 牛丼から親子丼へ… 鶏肉業界は『飛ぶ鳥を落す勢い』だったと思われます。 その出鼻をくじかんばかりのタイミングで猛威をふるった 『鳥インフルエンザ』。 このタイミングの絶妙さには、何者かの悪意をすら感じさせます。
もしこれが… 豚肉業界による陰謀だったとしたら むしろ話としては一件落着だといえるかもしれません。 BSE感染で牛肉が失墜し 鳥インフルエンザで鶏肉がダメージを受け 相対的に豚肉の地位が飛躍的に向上したとろで この一連の騒動は終わりを告げるわけです。
しかし、この鳥インフルエンザウイルスをもたらしたのが BSE感染騒ぎで破綻した牛肉業界による 単なる『やつあたり』だった場合 事態はより一層深刻なものとなります。 この場合、次に考えられるのは 鳥インフルエンザで被害を蒙った鶏肉業界によるやつあたりです。 その矛先は、当然、豚肉に向けられるでしょう。 こうして悲劇の連鎖が続いていくわけです。
豚肉に何らかのウイルスがしこまれた場合(例:豚サーズ) その影響は豚肉のみならず 日本全国のとんこつスープに深刻な打撃を与えるでしょう。 当然、ラーメン業界が危機にさらされます。 それに反比例して台頭してくるのは、おそらく、讃岐うどん。 そして当然のごとく、次のターゲットもまた、讃岐うどんです。 讃岐うどんに何らかのウイルスがしこまれるか それとも、ただ漠然と『讃岐菌』とかいう微妙な噂が流布されるだけで 讃岐うどん業界は瀕死の重傷を負うでしょう。 実家がうどん屋だというだけで 『やぁ〜い、やぁ〜い。讃岐菌。えんがちょ、切ぃ〜った。』 うどん屋のせがれは学校でばい菌扱いです。
とまぁ、このように果てしない悲劇の連鎖を断ち切るためにも まずはなんとしてでも 鳥インフルエンザをなんとかする必要があると思います。 そしてそのために 我々が今、もっとも待ち望んでいるものは…
ベンザ・ブロック(鳥用)
だと思います。 鳥インフルエンザも、ひき始めが肝心です。 ブルッときて鳥肌がたったら、すぐに風邪薬ですから コケッときて鳥肌がたっても、やはり風邪薬でいいと思います。 さらにもう一歩押し進めて 鳥インフルエンザが人間に感染した時の考えると 『藤島さん。あなたの病気は…ずばり、鳥インフルエンザです!』 カルテにはっきり『鳥インフルエンザ』と書かれることが なによりも一番のショックだと思います。 『ですから専門の獣医さんに見てもらってください。』 いい動物病院を紹介されたら、よりいっそうの悲劇です。 そこで、医者にカルテを書かれるまでもなく 市販のお薬で
鳥インフルエンザワクチン(人間用)
なども、同時に開発されることが望ましいと思います。 商品名はコケ・ナオールくらいでいいと思います。 (カコナールの隣の棚で売ってくれると幸いです。)
えぇと、あれです。 ここいら辺りでねた切れです。 相変わらずおちが弱く なおかつ結論も行方不明で申し訳ありませんが いつものことなのでいまさら文句言わないで下さい。(←開き直り) 要するに何が言いたかったのかというと ・インフルエンザには気をつけてください。 ・とくに鳥さんは気をつけてください。 ・トム・クルーズは私くらいカッコイイので気をつけて下さい。 ということだと思います。 3番目は誰が何をどのように気をつければいいのか よく分かりませんが 知っている方がいたら教えてください。(←居直り)
というわけで、相変わらず迷走しつつ… 犬司でした。ではでは、また来週。
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顔ぞり 2004/02/11(水)
他人の手に握られた刃物が、自分の体にあてられているという感覚は たいていの人にとって、好ましくない。 たとえ相手が、親しい人、あるいは信頼できる人であっても 実際に刃物をあてられて その冷ややかな感触を素肌に感じてみれば 一抹の不安を拭い去ることは難しい。 ましてやそれが 全く見ず知らずの人間の手に握られた刃物であれば その恐怖感たるや、なおさらである。
例えば、コンビニ強盗やハイジャックなど 何らかの犯罪にまきこまれて あかの他人から刃物をつきつけられることもあるだろう。 あるいは二股をかけていたことがバレて 思いつめた彼女が、刃物に訴えることもあるだろう。 しかし、このような事態は、あくまで非日常的な出来事であり 善良な一般市民が日ごろから気に病む必要はない。 仮に、このような事態に直面したとしても 例えばコンビニ強盗に対しては レジの金をおとなしく差し出せば助けてもらえるだろうし 二股がばれた彼女に対しても 『俺が本当に好きなのは、お前だけだ!』と土下座すれば 5回に1回くらいは助けてもらえるかもしれない。 たとえ相手がハイジャック犯であっても 『俺が本当に好きなのは、お前だけだ!』と土下座すれば ホモのハイジャック犯には助けてもらえる可能性がある。 (これはホモのコンビニ強盗に対しても有効な手段だ。)
このように、なんらかの犯罪によって向けられた刃なら その凶刃から逃れる手段もあるし それが無理でも、あきらめがつく。 むしろ最も恐れるべきは まったく合法的な手段で日常的につきつけられる刃物だろう。 すなわち…理容師の手による顔ぞりだ。 いや、より正確に表現するなら 新米理容師の手による顔ぞりだ。
思えば… 久しぶりに、およそ2ヶ月ぶりに床屋にいったのが そもそもの間違いだったのだ。 もっとこまめに、ちゃんと月いちくらいで通っておけばよかったのだ。 それを2ヶ月間も伸び放題にまかせたまま ほとんど原型をとどめていない無造作ヘアーをひっさげて なおかつ常連づらして床屋の門をくぐるのが、なおさらいけない。 そんなことをしていては、カットが終わった時点で 「顔ぞりは別の者に担当を変わらせていただきますね。」 なんて半笑いで一方的に言い渡されても仕方がないのだ。 あぁそうさ。2ヶ月に一度のプチ常連の私なんて 所詮、ていのイイ実験台にされるのが関の山なのだ。 確かに私の顔は、自分で言うのもなんだが、比較的お肌が綺麗だ。 もそれほどヒゲも濃くないし、かみそりのすべりもいいだろう。 ましてや カミソリが顔に触れた瞬間に、わざと大きく咳をしてみせたり 無駄に「イツっ」とか小声でもらしたり 顔ぞリ中の理容師の手のひらに「ふぅ〜」って息を吹きかけたり 理容師の目をじぃぃ〜っと見つめかえしてみたり そんなぢみな嫌がらせは、めったにしない善良な小市民だ。 なるほど、新米理容師の実験台にはもってこいなのかもしれない。
誰しもが、初めての顔ぞりを経験しないかぎり 一人前の理容師にはなれない。 それは、わかる。 誰かが、そう誰かが犠牲にならなければならないのだ。 一人の若者が、一人前の理容師として旅立つための踏み台として…。
…ということを理屈としてはちゃんと頭で理解しているからこそ 「顔ぞりは別のものに担当を変わらせていただきますね。」 なんて半笑いで言われても、「全く問題ないアルヨ」って ちゃんと語尾をいんちき中国人風で答えることができるわけだ。 こういう場合、語尾はインチキ中国人にかぎる。 内心の動揺を隠すにはこれが一番だ。 内心の動揺を隠かわりに、ちょっと頭の弱い子だと思われてしまうのは この際、大事の前の小事。とるに足りない。
しかし、実際にヤツがカミソリを握って私の前に現れたとき 私の、この崇高なる犠牲的精神は ものの見事に、木っ端微塵に打ち砕かれた。
カミソリを握る彼の手は、私の想像以上にプルプルと震え そしてあろうことか、私以上に不安そうな目をたたえて ヤツは私のところにやってきたのだ。
ひとことで言うなら、極度のプレッシャーを与えられた小動物。 不安に押しつぶされそうになるのをギリギリいっぱい持ちこたえているが あとほんの少しのプレッシャーを与えれば 間違いなくその場で仮死状態になるだろう小動物。そんな感じだ。 私は、そんな彼の不安少しでもを取り除くべく 満面に爽やかな笑みをたたえた。必死だった。 決死の覚悟で、爽やかな微笑み。 こんな体験は一生に一度だろう。 そんな私の必死さが、わずかでも通じたのだろうか 彼の表情が心なしかやわらぐ。 そう、いい調子だ。その調子で、もう少し持ち直せ。 私の顔にカミソリを当てる前に、あと半歩でもいいから立ち直るんだ。 そもそも、客である私が なんで理容師の精神状態まで面倒見る必要があるのかと 疑問がふつふつと湧きあがってくるのだが 少なくとも、今は、この危機を無事切りぬけることが先決だ。 私の顔がお嫁に行けない顔にされるかどうかは この小動物のプルプルした右手にかかっている。 思えば プレッシャーに押しつぶされそうな理容師による顔ぞりというのが この世で一番のプレッシャーといえるだろう。
こうして、私と彼の『二人始めての共同作業』が始まった。
まず最初の工程は、『シェービングフォームを塗る』という 実に安全かつ簡単な作業だ。 これくらいなら、無免許の私にだってできる。 しかし、ヤツはこの第一歩目から、軽やかにつまづいてみせた。 まず、プッシュポンプ式のシェービングを左手のひらにプッシュして出す。 そこまではいい。あとは空いている右手で私の顔に塗るだけだ。 しかし彼は器用にも、その右手にまでシェービングを乗せたのだ。 両手にあふれんばかりの泡をかかえ、彼は戻ってきた。
幸せか!お前はそれで幸せか!
一体何がしたいのかわからない。 彼は両手いっぱいの泡をもてあまし、一瞬、目をきょろきょろさせた。 そしてようやく自分の失敗に気がつき 右手の泡をトントンとして左手の上に落して なんとか右手の自由を獲得した。 左手にはありえないくらい山盛りのシェービング。 そしてようやく、空いた右手で私の顔にシェービングを乗せはじめた。 乗せていく…乗せていく… 乗せていく…
全部。
こうして私は山盛りのシェービングを顔にのせられて もはや呼吸するのにも支障をきたすようになったわけだが もういい。これくらいなら我慢しよう。 なんせ小動物のやることだ。しかたがない。
そして彼は次の工程『蒸しタオルで肌をうるおす』へと進んだ。 普段なら、私が通う床屋ではアゴや頬といったヒゲの濃い部分に シェービングを塗った上から蒸しタオルをのせて いっそう肌をやわらかくさせて、ヒゲを剃る下準備をする。 その間に、タオルを乗せていないおでこや眉の周辺を手際よく剃るのだが 今の私の顔には、ありえないくらいてんこもりの泡が乗っている。 この上からタオルをかぶせようものなら バフッ!っと音がして、泡の花が乱れ飛ぶことになるだろう。 さぁ、どうする。新人。 一体どうやってこのピンチを切り抜けるつもりだ。 この、アワアワ幸せヤロウ!
拭きました。
せっかくの蒸しタオルをつかって 今乗せたばかりの顔中の泡を拭き取る。 つまり振り出しに戻ったわけだが さすがにこればっかりは、いくら小動物でも許されないと思う。 人の顔にてんこもりの泡を乗っけて、それを拭きとるだけでお金になるなら 理容師ほどイイ商売はない。 誰でも理容師になりたがるだろう。 しかし、そんな私の思いを知ってか知らずか ヤツは小動物にはあるまじき迅速さで 次の工程へと進み始めた。
次の工程『剃る』。
おい、まて。 俺の顔には、まだシェービングが乗ってない。 おまいがたった今、綺麗に拭き取っちまったからだ。 おまけに肌をうるおしてもいない。 せっかくの蒸しタオルをぞうきん代わりに使っただけだからだ。 だから落ち着け、小動物。 1番目の工程から、おとなしくやりなおすんだ!この小動物!
という私の心の叫びをあっさりと無視して もはや誰にも止めることのできないこの小動物は いざ、私の顔にカミソリを向けてきた。
普通、一人前の理容師なら かみそりの刃を真っ直ぐ客の顔めがけて振りかざしたりしない。 客の目から見えないような方向から、顔を剃り始めるのだ。 また、客と視線がもろに合うような位置に 覆い被さるようなこともしない。 しかし、この小動物ときたら 私の目線のまっすぐ正面に立ちはだかり 真っ向からカミソリを向けて襲い掛かってきたのだ。 今日び、コンビニ強盗にだってもう少し恥じらいがあると思う。 しかも、そのカミソリを握る右手は まるで電動かと思われるほど、プルプルと小刻みに振動し そのおかげで、カミソリの刃が2枚にも3枚にも見えるのだ。 これがそういう芸だと言われれば、本気で信じていたかもしれない。
「…そ、それじゃぁ、そ、剃ります。」
さすがに、これは言う必要のない一言だったと思う。 むしろ、ふつうに剃れ。力まずに剃れ。 いたずらに客の不安を煽ってどうする。
「ん、んぐっ、んふっ。」
極度の緊張感から、おそらく呼吸器官が満足に働いていないのだろう。 まだカミソリをあててもいないのに、妙な吐息が聞こえる。
「ん、んぐっ、んふっ。」
あっ、これ俺のだ。(ぉぃ) カミソリの刃が近づくにつれ、お互いの緊張感がピークに達する。 プルプルプルプル… ピタッ。 ついに、カミソリが頬に触れる。 さわさわさわさわ… カミソリの刃が、頬を下から上へと滑っていく。 私を傷つけないことだけを一心不乱に考えつづけたのだろう。 彼のカミソリは、私の頬に触れるか触れないかのギリギリのところを さわさわと通りすぎて行く。
びっくりするほど剃れてない。
カミソリはものすごくプルプル震えているのだが 全くと言っていいほど、剃れていなかった。 これが電動カミソリなら、驚くほどの深剃りを実現しているだろう。 しかし、これほどの振動でありながら、びっくりするほど剃れてない。 これがそういう芸なのだと言われたら、今一度、信じていたところだ。 しかし、そんなことはもうどうでもいい。 剃れていようと剃れていまいと、もう、どうでもいいのだ。 ことこの期におよんで、ヤツと私のあいだには 『とにかく血を見る前に、無事、顔ぞりを終わらせるのだ』 という共通の認識ができあがっていた。 剃れるか剃れないかの問題ではない。 いきるか、死ぬかの問題なのだ。
彼は黙々と、剃れない顔ぞりを続ける。 もはや宗教的儀式と言っても過言ではない。 全く意味がない行為を、単なる責任感で、最後まで続けるのだ。 ひたすらていねいに、細心の注意をはらいながら。 そしてときおり、意味不明な吐息をもらしながら…
そして、顔の反面を剃り終わると 当然のことながら、反対の側を剃らなくてはならないのだが ここへ来て、ヤツの動きがぱったりと止まる。 今度は利き手の右手では、やりづらい側なのだ。 手をひねるようにして剃らなくてはならないのだが ヤツにそのような高等技術はない。
目が、必要以上にきょきょろし始める。 いけない兆候だ。 ものすごくやばい気がする。 そういう私の不安はたいてい的中するのだが さんざん迷ったこの小動物は おもむろに、左手でカミソリを握ったのだ。
さすがにびっくりした。
さらに驚いたことに、客である私に向かって 「これでいいの?」とでも言いたげな視線を送ってよこしたのだ。
これには重ね重ねびっくりした。
私に聞いてどうする。 おまえの人生は、それで今まで不自由しなかったのかと それこそ小一時間は問い詰めたい心境だった。 しかし私にできることは、わずかに首をかしげることだけだった。 その意図が通じたのか 彼もいま一度、カミソリを右手に持ち直す。 ひと安心だ。 しかし、油断は禁物。 今まで以上に、ヤツの右手の振動はピークに達し ありえない角度で曲げられた右手は これ以上ないくらい不自然に、反対側の頬を捕らえようとしていた。
みね打ち
おそらく、それが正確な表現だと思う。 もはや『ヒゲを剃る』という意味合いは忘れられている。 『怪我をさせないように、カミソリをあてる』 ということだけが重要だった。 『血を見ずに、ぶじ終える』ことだけが 僕らに残された唯一の希望だった。 それにはおそらく みねうちしかなかったのだと思う。 カミソリは、ほとんど全く役に立たない角度で 私の頬の表面を軽くかすめただけだった。
『安心せい、みねうちじゃ』
顔ぞりを終えた小動物は そんな表情で、なぜだかちょっと満足げに私に微笑んだ。
『かたじけない。』
これは言う必要のない一言だったと思う。 だって私は、客なんだから…。
こうして、決死の顔ぞりがおわった。 もはや剃れたか剃れなかったかは問題ではない。 全てが終わったのだ。それだけが全てだった。 私は、生きている…。
というわけで、本日のテーマは顔ぞりでした。 まぁ、あれです。 こんな怖い思いをして、なおかつ顔を剃れずに それでもちゃんと定価で床屋代をしはらった犬司さんに みなさま盛大な拍手をお送りすることで 幕を閉じるといいと思います。 いつも通り、無駄に長く、無駄に意味のない、無駄な文章でした。 最後まで読まれた方に つつしんで、ご冥福をお祈りしたいと思います。笑 お疲れ様でした。
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