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明日は四月一日。 久方ぶりに更新したかと思えば、ピンポイントでエイプリルフールという 無駄に私らしさが滲みでた展開で恐縮です。 こんばんわ犬司です。相変わらずですがあまり気にしないでください。 私はちっとも気にしていません。
さて、要するに明日はどんな嘘をついても許されてしまうという 一年で一番すばらしい日です。 なぜこんな日があるのか微妙に不思議ではありますが… まぁ、あれです。 日ごろこのようなちょっとアレな感じのコラムなどを書いている人間にも 一年に一度くらいはそれなりの存在価値を認めてあげてもよくってよという おかみの粋なはからいとか、そういった感じのものだと思います。 あっ、あれですよ。嘘はあんまり書きませんよ。私は。 私は誠心誠意、誠実にコラムを書いているつもりですが どういうわけか内容が世間の真実だとか常識などとは 若干かけ離れる傾向にあるというだけです。 (それを読んで楽しんでいる皆さんも、同罪です。)
というより、そもそも嘘をつくことは悪くありませんよ。 たとえば彼女が春物の服を買ったとするでしょ。 そうすると決まって ルンルン気分で「ね、ね。これ、かわいい?似合う?」 なんて聞いてくるわけですが、それに対する模範解答なんてただひとつです。 「もちろんかわいいです。」 これしかありません。できる限り即答がベストです。 この際、沈黙すら災いをもたらす危険があります。 これが嘘をつくのを躊躇するばかり 「私は立場上かわいいといわざるを得ませんが 服には服の言い分もあるでしょう。」 などと無駄に正直に答えるのは、あえて平地に乱を求めるばかり。 正直に答えるだけが能じゃありません。 嘘をつくことで、保たれる平和が、確かにあるのです。 また例えば、ある日突然事故などで父親を亡くした幼子が 「パパは一体どうしちゃったの?」 と涙目で聞いてきたときなども、やはり答える言葉はただ一つ。 「お父さんはお星様になったのよ。」 これしかありません。いいんです、星で。減るもんじゃありませんから。 これも無駄に正直に答えようとして うっかりお父さんの死体を指差しながら 「お父さんは呼吸も停止して、瞳孔も開いた状態。いわゆる死体です。」 などと正確に事実を伝えたとしても、子供にはまったく理解できません。 時として、一片の嘘は百万の真実に勝るわけです。 要するに『嘘も方便』というやつですよ。
ちなみに、この『嘘も方便』。 言葉の由来を知っていますか? 特に『ほうべん』のあたりが 微妙に日本語っぽくない雰囲気をかもし出しているわけですが それもそのはず、『嘘も方便』とは『嘘もホービン』の当て字なのです。 唐突にできたホービン。 これはアメリカ西部開拓時代に名を馳せた 希代の大嘘つきマイケル・ホービンのことです。 みなさん、知っていますか? 嘘ひとつで政府を転覆寸前にまで追い込んだほどの男です。 あっ、正確にはそれほどの男だという話です。 本人がそう言ってました。(間違いなく嘘です) とにかく、全人生を嘘で塗り固めてきたような男です。 たとえば人生の一番最初。 出生届にまで偽名を使ったほどの男ですからね。いやはや。 (おそらくそれは彼の両親がついた嘘です) (つか出生届にある名前が本名として受理されるんだと思います。) ホービンにまつわる有名な逸話をひとつ紹介しましょう。 彼がまだ少年時代のこと。 彼の住む村は狼の被害に悩まされていました。 ですから、このうそつき少年が 「狼が出たぞー!」 などと叫ぼうものなら、村じゅうは大騒ぎ。 大人たちが右往左往して走り回る姿をみては マイケルホービンは高笑いをあげていたわけです。 しかし、そんな嘘ばかり繰り返していては、いずれ彼の評判も地に落ち もはやホービンの言葉に耳を傾ける大人は誰もいなくなりました。 そんなある日のこと… 今度は本当に狼が出たのです。 それをいち早く発見したホービンはここぞとばかりに叫びました。
「今日は狼は出てません!」
それを聞いた大人たちは、見る見る顔を青ざめました。 そして、さてこそ一大事とばかりに、万全の迎撃体制を整えて みごと狼たちを返り討ちにすることができたのです。 この事件がきっかけで、嘘つきホービンは、一躍、村の英雄となりましたとさ。 要するに、あれです。 コンスタントにつき続ける嘘は、信頼に値するということだと思います。 『すべての嘘は、真実に通ずる。』 ホービンが死に際に残した、最後の一言だといわれています。 本人がそう言っていました。(おい) けれども、ホービンが残した最後の一言ですから この一言も嘘の可能性が高いので、うかつに信用しないほうがいいと思います。
まぁ、というわけで… 要するに、嘘もホービン。 どうせ嘘をつくのなら、ホービンのように、つねに嘘をつき続けることで 人様を助けるような素敵な嘘をつきましょう。 そういう嘘も、大切ですよというのが 『嘘も方便』という言葉なのです。 エイプリルフールにはもってこいの、とってもためになるお話でしたね。 ぜひぜひ明日は、会社の同僚やお友達に 『嘘も方便』の由来を教えてあげてください。 くれぐれも明日、4月1日にお願いします。 明日4月1日だけですからね。いいですね。 ではでは、本日は手短にこのへんで。
あっ、そうそう。 大切なことを忘れていましたが…
こんな私にも、とっても素敵な彼女ができました!! (あと、狼も出ているみたいなので注意してください。)
4月1日にはもってこいの発表だったと思います。 それでは、みなさん。ごきげんよう…
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問)ジュラ紀から白亜紀にかけて大いに繁殖した恐竜達が 突如、絶滅した理由を簡潔に述べなさい。
という質問に対する、田中君(知人)の解答…
答)寿命
思えば田中君は… 自分に興味の無い疑問に対しては露骨にどうでもいい人でした。 たいてい、自分の手の届く範囲のことにしか興味が無く 例えばアメリカの歴代大統領とかほとんどしらないくせに 出身中学の校長と教頭をフルネームで覚えていたりするタイプ。 ですから、天文学だの考古学だのといった 日常生活に直接関係しない事柄にいたっては極端に無関心でした。 『太陽はどちらから昇るのか?』と質問されて なんのためらいも無く『右から』と即答する視野の狭さは まさに天下一品。 地球どころか太陽系全体を 根こそぎ自分の右側から回転させた男は、私の知る限り彼だけでした。 また、キリスト教を抜きにして天動説を唱えたのも 有史以来、彼がはじめてだと思います。 ガリレオがびっくりして墓から出てきやしないか心配です。 また、『なぜ日本には四季の変化があるのか?』などと聞かれれば おそらく『日本人は風流を好むから』とか、小粋に答えたことでしょう。 彼の辞書には、もはや『天文学』というジャンルは存在しませんでした。 「公転軸に対して地軸が23.4度傾いているため 地球と太陽の位置関係によって日照時間に差が生じる」 などという回りくどい説明は、一切不要。 そういうややこしい問題を、『風流』の一言で軽やかに解決してしまう辺りが 田中君の田中君たるゆえんです。 ちなみに、これがちょっと気分の乗らない日であれば 『冬だけじゃイヤだから』とか『夏はあまり好きじゃないから』とか ぢつに身勝手で説得力のかけらも無い答えしか返ってこないのもまた 田中君の投げやりな一面を垣間見せます。
まぁ、そんな田中君のとこですから… かつて太古の昔に恐竜達が絶滅した理由なんて ほんとこれっぽっちも興味がないわけです。 ですから、恐竜が絶滅した理由を聞かれれば それはもう当然のごとく 『最後の一匹が死んだからに決まってんじゃん!』 という、やたらと射程距離の短めな底の浅い結論に落ち着いたとしても 無理からぬことだと思うわけです。
最後の一匹が天寿をまっとうして死亡→恐竜の絶滅。(田中説)
というわけで、これが冒頭で紹介した 『恐竜の絶滅・寿命説』を唱える田中君の見解なわけですが さすがにこれは違う。明らかに間違いだ思います。 そういうことが聞きたいのではありません。 仮に田中君の言う通り 最後の一匹はちゃんと寿命で死んだのだとしても (そう断定できる根拠は一応聞いてみたい気もしますが) 恐竜が絶滅した理由として考えなくてはならないのは 『なぜ、最後の一匹になるまで個体数が減ってしまったのか?』 ということだと思います。 しかし、それならそれで 田中君は、こう答えるでしょう。
答)最後から2匹目も寿命。(修正田中説)
あくまで一歩も引かない構えです。 恐竜が最後の一匹にまで減少した理由は、最後から2匹目が死んだから。 しかも死因は寿命。 ……… 恐竜の絶滅には興味がないくせに、寿命にはこだわりを見せます。 これに対して 「さすがに2匹連チャンで寿命はない」 などとピントのボケた不毛な反論をしようものなら 『やっぱ2匹目は結核だった』とか 『それよかBSEのが雰囲気でてる』とか 『ぢみに高血圧で悩んでた』とか 『むしろ抜け毛がひどかった』とか 『ぢつは自爆テロで殉教した』とか どうでもいい死因で二転三転したあげく、結論としては
答)恐竜が絶滅した理由→身内による犯行(新・田中説)
という史上稀に見る素っ頓狂な結論になりかねないので すごく注意が必要です。 時として、田中君は激しく暴走します。 (激しく暴走していないときは、ほどほどに暴走しています。)
ちなみに現在 恐竜絶滅の原因として最も有力であると考えられているのは 『巨大隕石衝突説』です。 これは言うまでも無く 『巨大隕石が最後の一匹に衝突して死亡』 とか、そういう学説ではありません。あしからず。 巨大隕石が衝突した相手は、もちろん地球です。 で、その隕石衝突の衝撃波で多量の土砂が上空に舞いあがり →太陽光がさえぎられて多くの植物が死滅 →それを食べる草食動物が死滅 →それを食べる肉食動物が死滅 →食物連鎖の頂点に立つ恐竜が滅亡 という筋書きで、恐竜の絶滅が説明されているわけです。(事実) あら、ためになること。 まぁ、いずれにせよ… このように、一つの種族の絶滅を議論するのなら その種族の個々の個体の死因なんぞにとらわれることなく もっと巨視的な観点から問題を解明していく姿勢が必要なわけですよ。 ねぇ、田中君。
で、ぶっちゃけ… 今現在、日本人という種族が絶滅の危機に瀕しているわけです。 何を唐突にほざいておるのかとお叱りを受けそうですが ずばり、今、日本人が絶滅の危機なのです! 確かに、今でこそ日本国内には 1億3千万人くらいの日本人がうようよしていますが しかし、1組の男女が生涯に生む子供の数が二人を切っているのも、また事実。 日本人は確実に減りつづけているわけです。 まぁ、絶滅するまでにはもうしばらく時間はかかりますが それでも、このまま打開策も見つからず状況が推移すれば いずれ日本人は絶滅の危機に瀕してしまうでしょう。
ではなぜ、日本人は絶滅しつつあるのでしょうか? なぜ、子供が生まれてこないのでしょうか?
これは、みなさんご自身を省みてもらえばおわかりのように 子供の生産段階にはなんら問題がないわけです。 みなさん、それなりの熱意と情熱をもって 日夜、努力精進を重ねていることと思います。(←穏やかな表現) 問題は、子供の育成過程にあります。 要するに養育費がかかりすぎるわけです。 例えば生まれた子供を、ごくごく普通のサラリーマンを育てようと思っても 義務教育を卒業した後さらに、高校、大学まで通わせるための学費がかかり しかもその合間々々に『お受験』がひかえているわけです。 かなりのコストがかかってしまいます。
『コストが高くなれば生産ラインを縮小せざるをえない』
このような理由から、今、多くの日本人の男女が 日夜、子供の生産過程に熱意と情熱を傾けつつも 出荷は見合わせているという状況なわけです。 しかし、このまま多くの日本人が座して『出荷待ち』のまま時を過ごすなら いずれ遠からぬ未来に、絶滅は避けられないわけです。 その場合、日本人絶滅の理由は… ずばり『養育費の高騰』ということになります。 かたや恐竜が絶滅した理由は『巨大隕石の衝突』…。 日本人ピンチ。 非常にピンチです。
どうせなら我ら日本人だって 隕石にぶつかって華々しく絶滅したいじゃありませんか!! (そもそも絶滅したくありません。)
というわけで、明日、隕石にぶつかって絶滅するためには まず、今日の養育費をなんとか乗り越えなくてはなりません。 そこで、当コラム恒例となりました 犬司さんのグッドアイデア!…が炸裂するはずだったのですが あれです。今日のはちょっと弱いです。 いくら犬司さんにだって 月に一度くらいは、ちょっとダメな日があるのです。 (体育座りで見学です。)
というわけで、本日のアイデアは 参考意見くらいに聞き流していただいたところで お別れにしたいと思います。 えぇとですね。 要するに、子供に養育費をかけて進学させていくごとに 親御さんになんらかの経済的利益が 還元されればいいのではないかと思うわけです。 そこで…
『中間、期末テストで取った点数だけ、お母さんにマイルがたまる』 →子供の成績がよくなるほど、母親は旅行三昧でダメになります。
『子供のテストの点数を当てるミニロト発売』 →子供の点数がよくなるほど、父親は道を踏み外しそうです。 あるいは手堅く60点前後を買っている父のミニロトを見て 子供の方が道を踏み外す場合もあります。
『系列大学に進学させると、10%ポイントサービス!』 →兄弟そろって同じ大学に進学する傾向が強くなります。
『卒業証書に「あたり」が出たら、学費全額キャッシュバック!』 →卒業式が異常に盛り上がりますが 盛り上がるのは親だけなので雰囲気は台無しです。
『親御さんにも学割適用』 →子供の学生証を提示して青春18切符で出張に出かけます。 ビールに枝豆も学割なのが泣かせます。
といった辺りでどうでしょうか? 相変わらずオチ弱く、しかもバッドアイデアでしたね。 期待を全く裏切らない展開だったと思います。 というわけで、絶滅危惧種の犬司でした。 それでは、みなさま、ごきげんよう。また来週。
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『正義は必ず勝つ』
いつの時代も、子供達は正義の味方やヒーローに憧れ 彼らの活躍を、熱い視線で見守っていました。 彼らはすごく強かった。 常に正しく、かっこよく、そして最後には必ず勝つものでした。 必殺技を出すまでに多少のバリエーションはあるものの 最後には必ず悪を倒すのでした。 『高貴な』という形容詞がびっくりするほどよく似合うこの私ですら ご幼少のみぎりからウルトラマンや仮面ライダーに親しんできた結果 『正義は必ず勝つ』という言葉をうっかり信じてしまいがちなわけですから 一般庶民の皆様におかれましては 『正義は必ず勝つ』という信念に 骨の髄まで染め上げられていることと思います。
では、現実の社会ではどうかというと 事情はそれほど単純ではありません。 たいていの場合 AにはA、BにはBというそれぞれの正義を掲げて、人々は相争うものです。 そして勝った側がより大声で自分の正義を主張するわけですから 『勝ったら必ず正義』というのが、実は正しいと言えます。 そもそも正義と正義が戦うわけですから そう言う意味では『正義が必ず勝つ』と言えなくもないですが 正義だったから勝てたわけではありません。 強いから勝つのであり、勝ったから自分の正義を主張するのです。 このあたりの事情をわきまえずに 盲目的に『正義は必ず勝つ』と信じて成長してしまった結果 ぢつに多くの若者達が 「俺、言ってること絶対に間違ってないのに なんで課長に頭が上がらないんだろう」 などと社内での孤立感を深めてしまうわけです。(無駄にリアルです)
いいですか?みなさん。 『正義』は勝因ではありません。 強いものが勝つのです。『強さ』こそ勝因。ただそれだけです。 そして、強くなるためには… そう、ぢつにベタですが、努力するほかありません。 この事実を踏まえた上で、テレビヒーロー物の製作者は もっとヒーロー達の『地道な努力』を全面に押し出す必要があると思います。 例えば かっこよいバイクに颯爽とまたがる仮面ライダーが 自動二輪の免許を取るために教習所に通い詰めた3ヶ月間とか まだ原チャリしか乗れなかった頃、カブにまたがって 島根とか鳥取あたりの地方怪獣をまちまとやっつけていた下積み時代とか そういう部分をもっともっと放送すべきだと思います。 あるいはウルトラマンだって、満員電車に乗るときには かかとをわずかに上げてふくらはぎの筋肉を鍛えるとか そういう地味どころか効果すら疑わしい謎の筋トレを 絶対にしてたはずなんですよ。 特に高校生時代なんて、そういうあやまちがよくあるものです。 まぁ、そういったように ヒーロー達があれだけの強さを手に入れる背景には こんなつらくて苦しい努力が隠されていたんだよ、ということを 世のチビっ子達に伝えていかなくてはいけないと思います。
さらにもう一つ提言するなら… いたずらに必殺技をぶっ放して圧倒的に勝つというのも あまりよくないと思います。 善良なチビっ子達が見習うべきではない。 確かに、強いものが勝つのだから 圧倒的に強ければそれに越したことはありませんが 過ぎた強さは我が身を滅ぼすのも、また一方の真理です。 私達の日ごろの生活を省みれば、でる杭は常に打たれるもの。 私のようにあらゆる能力に恵まれ、かつ秀でていながら 周囲から「打たれる」ことなく無事に過ごしているのは、むしろ稀有なことです。 (主な理由として「思ったほど出ていない」「打ちたくない」「めんどくさい」など) 雑草のごとき庶民のみなさまが、特別な能力を見せてしまっては 周囲の嫉視反感を買うのは目に見えています。 そこで『ほどほどの強さ』を身につけることが肝心かと思われます。 例えばウルトラマンが 毎回必殺技のスペシウム光線とかで勝ってしまっては それを見ていたチビっ子達は勘違いしてしまうのです。 「ボクにも、あんな必殺技が欲しい!」 危険思想です。 例えば巨大ナメクジのような宇宙怪獣が現れたとしましょう。 そんなもの相手にスペシウム光線なぞぶっ放す必要は微塵もないわけで むしろ、塩で十分。 デュワっと現れて、ガバッと塩かけて、デュワっと帰っていく… 2分45秒残してあっさり放送終了することも、時には必要かと思います。 それを見ていたチビっ子達は 「なんだ…あんなもんでいいのか…」 と納得するわけです。 相対的に見て相手よりも若干強ければ勝てる。 こういう思想を幼い頃から身につけることが肝心です。
このように 多くのチビっ子達が、ほどほどの強さを見につけるべく ちゃんと努力できるような立派な少年へと成長していくわけですが それでもなお、ヒーローに対する憧れは失わないわけです。 常に正義のヒーローはカッコイイ。 「ボクも、あんな強くてかっこよい正義のヒーローになりたい!」 と思ってしまうわけです。 さぁそこで、犬司さんからみなさんに最後のメッセージを伝えましょう。
『正義は思ったより勝てない!』
これは私の人生経験という貴重なデータに基づいた一言です。 自慢ではありませんが 過去、私が正義を口にして勝負に挑んだ場合 その勝率は実に30%をわずかに下回っている結果がでております。 (全く自慢になりません。)
少し昔の話をしましょう… あれは、私がまだ小学生だったころ 当時から容姿端麗、才気煥発の誉れ高かったため 当然のごとく学級委員という大役を みんなから押しつけられt任されていたわけです。 しかし我がクラスには 傲慢でブサイクでいかにもガキ大将ちっくな少年がおりまして そいつが同じクラスの生徒をいじめていたわけです。 それも手下ども4人くらいと一緒にいじめてたのです。 えぇ、それはもう許せませんでしたよ。 私の堪忍袋の緒が切れるまで、半年もかかりませんでした。 (かかりすぎです) ついにある日。 私はガキ大将の机の前に進み出ると ばしぃぃんと手で机を打ち据え、こう怒鳴ってやりました。 「お前らのような卑怯者は、いますぐ教室から出ていけ!」 そして得意の右足で思いっきり机を蹴っ飛ばしてやりましたよ。 ガランガランガラン、ガシャーン! あぁ、かっこよすぎる… きっとクラス中の女の子達が私の勇姿に惚れてしまったことでしょう。 放課後の誰もいない教室だったのがとても残念でした。 (倒した机をもとに戻してる時、ちょっぴり涙がでました。) こうして放課後の教室において展開された 『正義のヒーロー(私) VS 悪のガキ大将(机)』 という世紀の対決は、圧倒的に私に軍配が上がったわけです。 が、しかし… 今にして思うと蹴り方が悪かったせいか それから2週間くらいびっこひいて歩いていたことを考えれば あの時の正義の戦いも、ぢつは引き分けだったのかもしれません。 ぬぬぬ…
また、時は流れて大学生時代… 当時、私と同じゼミだった男で美○秀紀(実名)というのがいます。 これはものすごく邪悪な生命体でした。 私の知るかぎり、最も邪悪な生き物で 噂では、小学校二年生の時 「すでに越後屋を超えた…」と賞されるほどの悪でした。 彼と戦う限り、常に正義は私にありました。 私は大学四年間を通じて、彼とは常に熾烈な争いを繰り広げてきたのですが 特に圧巻なのは、大学の期末試験。 私は普段から真面目に教室へと足しげく通い 講義を拝聴してノートを作成することに余念がなかったわけですが 邪悪界最強の秀紀は、決してみずからノート作りをしませんでした。 そのくせテスト前になると 買収、脅迫、詐欺…などあらゆる手段を用いて きまって質量ともに充実したノートを手にしているわけです。 えぇい、いまいましい。 しかし、そんな邪悪な彼の欠点として 「ノートを集めただけでうっかり満足してしまう」という習性がありまして 実際のテストの時は、たいてい頭の中は真っ白でした。 かたや私は、日ごろの地道な蓄積に物を言わせ 「我が正義の力、とくと思い知れ」とばかりに 黙々と答案に答えを記入していくわけです。かっこいい。 しかし、さすがに邪悪界の王とまで呼ばれた秀紀は ただでは朽ち果てません。 隣の席の答案を盗み見るという、このうえもなく凶悪な手段に訴えたわけです。 許しがたい。大学をなんだと心得ているのか。 しかもよりによって その隣の席の答案というのが、私のでした。 「き、貴様には羞恥心とかそう言ったものはないのか!」 試験場であることも省みず、やつを怒鳴りつけようとした矢先 ふと、やつの答案が目にはいりました。 「こ、こいつ…俺の答案を見て、違う答えかいてやがる…」 結果は、私の惨敗でした。 もう最低。最悪。 人の答案を勝手にカンニングしたのなら ふつう、腹をくくってその答案と命運を共にすべしというのが 人としての道であるとすら思います。 義理とか仁義とか言い換えてもいいです。 しかし徹底的に邪悪な彼は 私の答案を参考にしつつ違う解答を書きこむことで 姑息にもひとりだけ高得点を手にしました。友を見殺しにして… ふんだふんだ。秀紀なんて、友達じゃないやい!ちゅんだ! 正義なんてちっとも勝てやしないやい!
というわけで 私のほろ苦い青春正義武勇伝(謎)をご披露したわけですが 要するに正義は勝てません。 思ったほど勝てないどころか、今思うと全敗に近いです。 だから、正義のヒーローとかも いっそ放送しないほうがいいと思います。チビっ子が真似するから。 むしろどうしても勝ちたい場合は 姑息に、かつ邪悪に頑張ることが一番の秘訣じゃないかと思います。
さてさて。 それでは本日は 邪悪界の帝王こと○和秀紀先生に盛大な拍手をお送りしつつ みなさんとお別れしたいと思います。 ではでは、また来週。
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