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ぴょん太は、今、悩んでいる。
『なぜ、ウサギの私が 亀なんぞと競争しなければならないのか…』
事の起こりは三日ほど前。 ぴょん太が森の住みかへ帰る途中 道端から一匹の亀が声をかけてきたのだ。 「おやおやウサギさん。 狭い日本、そんなに急いでどこへ行くのさ?」
ぴょん太は、正直驚いた。 その亀が、日本の“狭さ”を知っていたことに…。 あるいは、亀の行動半径というのは じつに以外ではあるが 日本の“狭さ”を身をもって実感できるほどに広いのかも知れぬ。 ……… いや、そんなことに驚いている場合ではない。 とにかく、この亀は どこに行くのかと聞いているのだ。 隠すほどの事ではない。 ぴょん太は、元来、親切なウサギなのだ。 正直に答えてあげた。 「亀さん。ボクはちっとも急いでなんかいないよ。 ただ、おうちに帰るだけだよ。」 …… しかし。 どうやらこの一言が、亀の逆鱗に触れたらしい。 「ちっとも急いでないって!!! 嘘をつくなよ!嘘を! ぴょんぴょん飛び跳ねてたくせに! あんなに飛び跳ねていて、それでも急いでないって言うのかい? ふ〜ん。そうか。 ボクが亀だから どじでのろまな亀だからって ぴょんぴょん飛び跳ねることができないからって そうやって、ボクを馬鹿にしているんだね。」
大変な言いがかりだ。 ウサギが飛び跳ねるのは、それは骨格がそうできているからなのだ。 亀が四つんばいで歩いているのも骨格の仕業なら それと全く同じ理由なのだ。 馬鹿にするとかしないとか、遥かそれ以前の問題なのである。
ぴょん太も、さすがに怒った。 もう、こうなれば、売り言葉に買い言葉である。 「馬鹿にしてなんていないさ! なんだよ、言いがかりをつけて。 そっちが“のろま”なだけじゃないか! 早く走れないからって 卑屈になっているだけじゃないか!」
……… さすがに言いすぎたのは分かった。 しかし、我慢できないものはしょうがない。
それから、この亀が 「よぉし!分かった。 そこまで言うなら、ボクだって本気を出せば 速く走れるってところを見せてやろうじゃないか! “かけっこ”で勝負だ!」 と言い出すまでに、さしたる時間はかからなかった。
…… で、ただ今、競争中である。 果たして、これを競争と呼べるものなら…
もはや亀の姿は遥か後方に、かろうじて見える程度だ。 ぴょん太はスタートしてからものの5分ほどでここまで来て かれこれ30分ばかりここで寝転んでいる。 にもかかわらず亀はまだ、あんなところで よちよちと歩いているのだ。 いや、恐らく、あれでも走っているのだろう……。
彼は、今、何を思って走っているのだろうか?
今日のコースは全て彼が決めたのだ。 言い争った日から、かれこれ三日もかけて…。 このコースには、恐らく、彼なりに勝算があったのだろう。 例えば、スタート地点は小高い丘の上であったが そこからの下り坂は足場も悪く ウサギの足でぴょんぴょん駆け下りるには苦労する。 一方、亀が固い甲羅を頼りに、一気に転がり降りたなら あるいはぴょん太より速かったかもしれない。 丘のふもとがゴールだったなら あるいは亀に、勝ちがあったかも知れないのだ。
しかし…。 ゴールはもっと先だった。
その丘をくだって 広い草原を突っ走り 横たわる川を渡り その先の一本杉がゴール地点だった。
これだけ長い距離を走っては たとえ最初の下り坂をいくらか速く転がったとしても 結局は簡単に抜き返されてしまうだろうことが なぜ、亀には分からなかったのだろうか? そのどこに、勝算があったのだろうか? そもそも勝つ気があったのだろうか? 彼が一体何を目論んでこんな競争を始めたのか ここに呼びつけて、小一時間は問い詰めたいと ぴょん太は、今、心の底から、そう思っている。
しかも、である。 スタートの丘下りで 案の定、亀は固い甲羅を頼りに転がり下ったのだが… 確かに…確かに甲羅は固かった。 しかし、いかに甲羅が固くとも 中の“生身”の部分は、所詮ふつうの生き物だ。 岩や切り株にぶつかりながら転がってゆけば それが甲羅の中の“生身”の部分に 一体どのような結果をもたらすのか むしろ想像するなというほうがよっぽど難しいと思うのだが その辺どうなんだ!亀よ! 転がる前にちらっとでも頭をよぎらなかったのか亀よ! “恐怖”を微塵も感じなかったのか亀よ! お前さんの辞書に“生存本能”という言葉は無いのか!亀よ! そうやって、打ちどころ悪くて道端にゲロ吐く前に ちっとは頭使え!亀よ! あぁ、あぁ。 またそんなところにゲロはいて。 顔が緑色だからよく分からないけど きっと青い顔して走っているんだろう。 …… って、そんなになってまで なんでまだ走りつづけているんだ!亀よ!
分からない…。 全く…分からない。 ぴょん太には、亀の気持ちがまったく理解できなかった。
そもそも、“のろま”なことがそんなに悔しいのだろうか? “ぴょんぴょん飛び跳ねる”ことがそんなにうらやましいのだろうか? “速い”とか“遅い”とか そんなことが亀にとってどんな意味があるのだろうか? だいたい、ボク達ウサギが速いのは それは…
と、その時 ぴょん太の視界の片隅を“なにか”が横切った…
(すごく長くなりそうな予感なので、続く。)
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