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グーグルで『ペ』ひと文字で検索すると 例の韓国人貴公子の公式HPがちゃんとトップでヒットしました。 すごい人気ですね、ペ・ヨンジュン。 ちなみに、みなさん知ってますか?ペ・ヨンジュン。 韓国のテレビドラマ、「冬のあなた」だか「どなた」だかで 大ブレイクした俳優さんです。(ソナタです。) その名も、ペ・ヨンジュン。 ペの中のペです。キング・オブ・ペ。 世間ではどういうわけか「ヨン様、ヨン様」と呼ばれ 意図的にぺの部分が黙殺されている気もしますが そんな状況下でも、ちゃんと『ペ』ひと文字で検索できるのですから 本当にすごいと思います。すごい『ペ』、今世紀最高の『ぺ』です。 ちなみに ペペペペペペペペペペペペペペペペペペペペ ペペペペペペペペペぺペペペペペペペペペペ ↑これだけ書くと『ペ40』になります。 特に意味はありません。ごめんなさい。 1文字だけひらがなの「ぺ」になっていますので 見分けられた方がいましたら、人知れずほくそえむとよいと思います。
まぁ、あれです。 ひがんでるわけではないですよ。そういうことではないです。 私なんか足元にも及ばないほどさわやかでカッコヨイひとなんですから もてはやされてあたりまえ。 別にひがんだりしてません。してないもん。 私をそんなちっぽけな人間だと思われるのは非常に心外です。 こう見えても、結構おおきな人間なんですよ。 なんせ身長175センチはありますから ピコメートルに換算すると1兆7500億ピコメートルにものぼります。 ドリームジャンボが当たっても2億とかそんな程度なのに 犬司さんたら1兆7500億ですからね。想像を絶する大きさですよ。 ほんと単位が円じゃなくてピコメートルなのがとても残念です。 えぇとなんのお話でしたっけ? ……… そうそう、ペ・ヨンジュン。 とにかく、今まで『ペ』といえば 圧倒的に『かとちゃんぺ』の専売特許だったわけですが いまやすっかりペ様ブーム。 ヨン様ブームというべきかもしれませんが ペ・ヨンジュンという名前をどこからどう眺めても 注目すべきなのは圧倒的に『ペ』の部分だと思います。 だから『ペ様』。『ペ様』でも十分素敵だと思います。 素敵ペ。ナイス、ペ。最高のペをありがとう。
それにしても日本の婦女子のみなさまにおかれましては ちょっとでもカッコヨイ殿方をみるとすぐに『〜様』と呼びたくなるのは なぜなのでしょうか? 数年前、豪華沈没客船映画を主演した ディカプリオ氏がブームになったときも 世間は『プリオ様』一色に染め上げられました。 日本中をプリプリ言わせてたのは記憶にあたらしいです。 (『レオ様』とか呼ばれていた記憶もなきにしもアラブです。) 2002年のワールドカップのときはデビッド・ベッカム。 しゃべってる言葉はものすごく訛りが強く 田舎者まるだしらしいでが さいわい日本人の我々にはそんなことわかりません。 ベッカム様の試合後インタビューの字幕テロップを 「したっけ、おらが敵のでふぇんだーをかわしてよぉ するっパスさだしたら…」 くらい忠実に和訳してくれたら これほどのベッカム人気は出なかったかもしれません。 しかし、我々英語が苦手な日本人にとっては 「英語をしゃべっている」というだけですでにカッコヨイよく さらにサッカーがうまくて、あれだけ顔がよければ、もう十分。 『貴公子』と呼ぶに値するわけですよ。 身も心もとろけてしまうわけです。 たいていの婦女子が彼のルックスに見惚れて 『ベッカム様』とかキャーキャーさわいだわけですが そうするとたいていの男子は不愉快なので 「プレーも知らないくせに顔だけでベッカム様とかうぜーよ」 みたいな負け犬発言が世間をにぎわしたのも 大変記憶にあたらしいです。 もう少し古い話になると 野球の王貞治がホームランの記録を打ち立てた頃などは きっと『王様』とは呼ばれていたはずです。 時代のヒーローでしたからね。 きっと王様。王様ブームです。 すると日本は、天皇と王様と内閣総理大臣を同時にもつという 複雑な統治体制だったのですね。(そんな事実はありません。) 『王様』と似たような呼び名もありました。 『オサマ様』。例のヒゲもじゃ。ビン・ラディンです。 まだしぶとく生きてるんでしょうかね。 とにかくヤツが世間をにぎわしてた頃は、イスラム世界じゃ英雄ですから きっと『オサマ様』とか呼ばれていたわけです。 ちょっとくどいですよね。 『ジョナサンさん』とか呼ぶのと同じくらいくどいです。 ……… …… … て、いったい何のお話でしたっけ? そうそう、ペ様ですよ。ペ・ヨンジュン。
そもそも パンダ、ピングー、プーさんと、パ行は比較的激戦区なわけですが そこに堂々と「ぺ」1文字で割りこんでくるあたりがさすだと思います。 何がどう激戦区だとか、どう言う基準で選ばれているのかとか そういう細かいことはきにしないで下さい。 雰囲気とか勢いとかで読んでいけるようでなくては ここの読者は勤まりません。 筆者の私が酔った勢いで書きなぐっているわけですから 読者の皆様もほろ酔い気分で読むべきです。 「書き手の気持になって読む」これが正しい読書法です。 もっとも書き手の私は 「読み手の気持なんてしるかボケ!」という姿勢で書いていますが あまりきにしないように。
それにしても「ペ」という1文字の名前にはインパクトがあります。 韓国名も日本名と同じく、姓→名の順番に並ぶんでしたよね。 したがって「ペ」は姓。苗字です。 もしも彼が日本に移住したら、表札は「ペ家」。 ……… なんだかものすごく減点対象です。 むかし、ネルソン・ピケというF1ドライバーがいましたが 彼が日本に移住しても「ピケ家」。「ペ家」には勝てません。 (勝敗の根拠は不明です)
東洋人の姓は、西洋人に較べると比較的短いそうです。 それもそのはず。 東洋人は、もっぱら 数千種類もある「漢字」という偉大な表記法を持っていますからね。 例えば「チョウ」という短い音でも 漢字で表せば何種類もの姓を示すことができます。 これに引き換え 20数種類のアルファベットのみで姓を区別する西洋人は 自然と姓のつづりが長くなる傾向にあります。 ロシアとか東欧系の姓は特に長いですよね。 古い話ですが日露戦争の時 かの有名なバルチック艦隊を率いてきたロシアの提督は ジノビィ・ペトロービッチ・ロジェストウェンスキー すごそうです。さすがは提督。 ちなみに、東洋でも日本人名は比較的長いそうです。 例えば漢字1文字の林さんですら、読みは「はやし」と3文字です。 英語圏の名前だと 母音が3文字以上ある名前は 長く感じるのが普通なのだそうで 私の藤島「fujishima」などはすごく長くて覚えづらいそうです。 日本名だと、一番短くても「おの」さんとかが限界ですから それに較べると、やはり「ぺ」は圧倒的です。 思わず鼻に指をあてたくなるほど短くてよいです。
藤島という苗字の長さはもはやあきらめざるをえませんが 例えば、いずれ我が子の名前などを考えるときがくれば 「1文字のもつインパクト」というのは捨てがたいものがあります。 例えば…
藤島が
これでフルネーム。 よいです。すごくよい。よすぎ。 藤島が… どうしたんだよと。 その後どうなったのか教えてくれよと。 そういう余韻をのこせる名前がすこぶるよいと思います。
あとはパ行。パ行の名前にもインパクトがあります。 藤島パポピ とか、どうでしょう。 よいと思います。とてもかわいらしくて。 本人のその後の人生とかを無視できるなら こういう名前も一考の価値があると思います。
逆に、漢字で書くと文字数が多くせに読みは短いというのも 意表をついた名前でよいと思います。 例えば 『無条件降伏』と書いて、読みは「ギブ」。 あるいは 『他人物即我所有』と書いて、よみは「ジャイアン」。 などなど…
とまぁ、あいもかわらず恒例の 犬司さんのバッドアイデアが羅列されたところで ぼちぼち撤収模様だとおもいます。 いろいろ考えてみたところで やっぱり「ペ」にはかなわないと。 そういうことでよいと思います。 「ペ」さいこー。「ペ」素敵。 これからはぜひとも 「スペシャル」という単語は 「ペ」にアクセントを置くべきだと痛感いたしました。(←普通です。)
ではでは、ここらへんで、おち弱く…。 ごきげんよう。
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『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』などといいます。
ひとにものを訪ねるのは、多少、気恥ずかしくもありますが しかし、知らないままでいては一生恥かしい思いをしますよ だから勇気をもって、わからないことはなんでもひとに聞きなさい という意味の警句です。 なるほど、知らないことは質問しなさいという意味はわかります。 とくに健全な青少年の育成過程において わずかでも興味をもったことは とことん質問していく姿勢を養ってほしいものです。
「子供はどこから生まれてくるのですか?」
ほんと無邪気な子供にかぎって なぜかこういうきわどい種類の質問を好みますが 知らないものはしょうがない。どしどし質問すべきです。 純粋な知的好奇心の産物なんですから。
「コウノトリが運んでくるのよ。」
だからといって教える側が常に真実を口にする必要はないわけです。 子供の健全な育成過程に応じて コウノトリが運んできたり、大きな桃を割ったら出てきてみたり 必要と思われる情報をそのつど与えてあげればいいわけです。 ですから、おもむろに両足をおっぴろげて「ここです」とか 無理矢理真実をつきつける必要は微塵もない。 必要ないどころか、やったらむしろ犯罪っぽいです。 まずはコウノトリ。それで必要かつ十分。 コウノトリの両足を広げる必要も全くないわけです。(意味が分かりません) 要するに子供のころであれば 「一時の恥」など気にすることなく、どしどし聞いていけばいいわけです。 それに対して、必要かつ十分な情報を まわりの大人達が選んで与えてくれるわけですから。
しかし 大変不幸なことに30の大台に突入してしまった私などはというと 知らないからといって手当たり次第に聞いてまわるわけには さすがにいきません。 「あら、いい年こいてこんなことも知らないの?」 なんて切ない表情をされるのが関の山です。これは恥かしい。 オトナになるにつれて 「一時の恥」の度合いはどんどん強くなるわけです。 よほど必要な情報であるならともかく 些細の情報とは引き換えにできないほど 「一時の恥」が重くのしかかってきます。
それに引き換え「知らぬは一生の恥」なのでしょうか? だとすれば 日本人とは大変な恥かしがり屋さんだと言わなければなりません。 だって皆さん、実際は知らないことだらけでしょ。 例えば、そうですね。 ADSLってなんのことだか知ってますか? 『Asymmetric Digital Subscriber Line』の略称 非対称デジタル加入者線のことで 非対称とは上りと下りの通信速度が異なるという意味ですよ とか答える人はかなり少ないと思います。 私もたった今まで知りませんでした。 たとえ知らなくても、普通にADSLとか口走りつつ生活できるわけで そのたびにいちいち恥かしがっていては、正直、生きていけません。 知らないことが直ちに恥かしいわけではないのです。 では、いつ恥かしい思いをするのかというと それは簡単。あらためて人から指摘されたときです。 「お前、詳しいみたいだから聞くけどさ…ADSLって何?」
「えっと…あれだよ。ほら、びゅんびゅん早いヤツだよ。動画とか。」
この瞬間が非常に恥かしいわけですよね。まさに一時の恥。 自分はよく知らなかったのだと痛感すると同時に インターネットの主な利用目的まで告白してしまったあたりが 非常に恥かしいわけです。びゅんびゅんて。動画とかって。
つまり「知らぬは一生の恥」なわけではなく 知らないことを人から指摘されるのも、やはり「一時の恥」なのです。 生きている間、ずっとずっと恥かしいわけではありません。 人から指摘されて一時の恥をかく可能性が 一生ついてまわりますよ、というだけのことなのです。 つまり 『聞くは一時の恥じ、知らぬも一時の恥』なのです。 ただ、より正確に表現するなら 『聞くは一時の恥じ<知らぬも一時の恥』ですね。 他人から指摘されたほうがより一層恥かしいですから。 そういう微妙なバランスの中で 自分から聞くのもイヤ、人から指摘されるのもイヤという 多くの恥かしがり屋さん達の努力が 人類に『知ったかぶり』という叡智を与えたわけです。 いやぁすばらしい。 ついに人類は『知らなくてもなんとかなる』という智恵を手にしたわけです。 もちろん、叡智のわりには ・破綻しやすい ・破綻したときが最も恥かしい という若干の問題点が残されているわけですが それでも、多くのオトナ達が『知ったかぶり』を鮮やかに使い分けて 日々、恥ずかしがらずに生活を送っているわけです。
で、ですねぇ。知ったかぶりに関してひとつ。 つい先日、知人の車に便乗して3人で高速道路を走っていたんですよ。 私が運転していて、他の二人が後ろに座ってて そしたら車の持ち主が 「この車、アレが付いてんだよ。 ほら、あの…高速の料金を自動で払ってくれるヤツ。」 「ATM!」 「そうそれ!ATM。つうわけでATM専用のところを突破してくれ。」 まぁ、あれです。 まさか車で現金自動預け払い機(ATM)に突入せよと命じられるとは 人間30年も生きてるといろいろあるものだと感慨深いわけですが 正しくはETCです。 高速道路で料金払うのはETC。英会話ならECC。 ATMは銀行に置いてある機械です。 ショベルカーでATMごとかっぱらう強盗なら新聞ネタになりましたが 乗用車で突っ込んでいい機械ではなかったはずです。 つかそもそも一字もあってないじゃないかと言いたいわけですが まぁ、勘違いなんてそんなもの。 車に3人いて、うち二人がATMでまとまっている以上 しかたがありません。ATMです。多数決。 みんなで仲良く銀行強盗です。 ていうかたった3人のうち、二人に間違われると どうも指摘しずらい雰囲気になりますよね。ここが重要。 たとえ知ったかぶりでも、間違ってさえいても 多数決で押しとおせるというのは重要なポイントです。 赤信号みんなで渡れば死ぬのは俺だけじゃないとか そういう感じのフレーズがあったような気がしますが 一時の恥も、みんなで渡れば怖くないのです。
あともう一つ重要なのは、気合ですね。 知ったかぶりだろうが、間違いだろうが 堂々と気合いで押し切ってしまえば、案外、指摘されずにすみます。 例えば… 高校に三日間通っただけでクビになったくせに 最終学歴を高校中退と言い張るちょっと弱めな感じの職人がいるのですが そいつが先日、木っ端微塵という漢字を 『きっぱみじん』 と読んでくれやがりました。 読み方としては多少無理があるとは思いますが ぢつに堂々としたものでした。 目に一点の曇りもなく『きっぱみじん』などといわれると それが間違いだとかそう言うことよりも むしろ『キッパミ人』の存在の方がよっぽど気になるわけです。 おそらくはきっぱりとした正確の騎馬民族です。 内モンゴルあたりに住んでいそう。 黄ばんだ民族衣装に身を包み、活版印刷技術に造詣がふかく 近隣のコッパミ人とは長年抗争を繰り返して… なんて不毛な想像に胸を膨らませているうちに ついうっかり間違いを指摘するのも忘れしまいました。 ……… どうやら頭の弱さはどっこいどっこいのようです。
それにしても、この程度の勘違いなぞ日常茶飯事なわけで 「蛇足」を『じゃそく』と読んでみたり 「出納」を『しゅつのう』とか『でおさめ』とか読んでみたり あげくは徳川家康の開いた江戸幕府がごっちゃになって 『江戸川幕府』とか言い出す人もいるわけですよ。 うっかり川の上にひらいちゃったから、大雨ごとに幕府転覆でもう大変。 でも将軍以下みんな釣り大好きでとっても仲良し、微笑ましい とか、そういう展開になってしまうわけです。 あと、ブロードバンドだADSLだの話になると きまって「うちのは下りで10メガBBS」とか言い出す人もいるわけですよね。 でかそうな掲示板でなによりですが、下りぎみなのがちょっと残念です。 先日、彼女とタイヤの話しをしていたときなんて タイヤの原材料の「ゴム」という単語がうっかりでてこなかったのでしょう。 『えと、うんと…あれ、ほら…タイヤ汁。』 もうあれです。タイヤ汁です。タイヤ汁で決定。 まだ終わらんよでは、今後「ゴム」は不許可。タイヤ汁です。 『車のタイヤはタイヤ汁100%でできています』ということで みなさまのご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。
そういうわけで こんな小さい間違いなんてあげればキリがないほど 誰しもが一度は経験があることと思います。 それをいちいち『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』などと 恥かしがる必要なんてありません。 知ったかぶりで大いに結構。 多数決と気合と若干の愛嬌があれば ATMだろうが江戸川幕府だろうがタイヤ汁だろうが 全く問題ないと思います。 そう言う小さな間違いがこつこつ積み重ねられた上に わたしのとぼけたコラムが成り立っていると思うと ちっとも無駄になっていません。 ……… 無駄ともいう。が、気にするな。 大丈夫。多分。
というわけで、本日もぼちぼち撤収です。 また、近いうちにお会いしましょう。 つか本気で、今週の土曜日のオフ会でお会いしませんか? 参加者、微妙に少ないですよぉ〜。(無駄に朗らかに)
日時:2004年9月11日(土曜日)夕方6時〜8時。 場所:東京は新宿。東口より徒歩3分ほどの居酒屋。 費用:お一人様5000円ポッキリ。
↑しつこく広告をだしておきます。 この条件で参加可能なかたは 9月の8日までに私宛にメールをいただけるとありがたいです。 ではでは、また。
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オフ会をやると言ったきり なかなか更新しないと近所でも評判のダメ犬です。 こんばんわ。生きてて本当にごめんなさい。
なぜこれほどまでに更新が滞っているのかというと… アレです。アレにきまっています。 オフ会参加希望メールがびっくりするほど来ないというか よりはっきり言うなら はなっから強制参加に決まっているカラスさんから 若干の問い合わせメールがあったことを除けば皆無という状況が 筆者の犬司さんを地味に追い詰めているからだと思います。 私としましては『一人でもオフ会します!』とか うっかり冗談のつもりで言ってはみたのですが むしろ読者の皆様におかれましては『そうしろ』と。 『一人で適当にすましとけ』と。 そういう無言の圧力がじわじわと犬司君を追い詰めておりまして 精神的にも土俵ぎわいっぱいいっぱいという感じです。
それでも日ごろから健気で打たれ強いと ご近所でも評判の犬司君ですから ここに最後の抵抗を試みたりとかするわけですので 皆さん聞いてください。
日時:2004年9月11日(土曜日)夕方6時〜8時。 場所:東京は新宿。東口より徒歩3分ほどの居酒屋。 費用:お一人様5000円ポッキリ。
↑これで、開催決定です。最終決定。 ひじょうに唐突なことで恐縮です。 とりあえずこれで強行開催に踏み切りますので この条件でも出席可能という方がいらっしゃいましたら 9月の8日(水曜日)までに、私宛にメールをください。 (のろし、念話、伝書鳩など不許可。) お店の場所、当日の集合時間、連絡方法などの詳細をお知らせします。 予約の都合などがございますので 9月8日(水曜日)までに、連絡お願いします。
とりあえずは更新そっちのけで業務連絡まで。 ではでは。また。
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『参加することに異議がある』
だったら参加しなければいいのに… 幼い頃、オリンピックが始まるたびにそう思っていました。 異議はある。でも、参加しちゃう。 なんかこう、オトナの世界ってすごくややこしいというか ひとすじ縄ではいかないというか とにかくご幼少のみぎりの犬司君にとって オリンピックというものは、ものすごくオトナの祭典でした。 多少の不平不満をグッと飲みこんで それでも気が付くとつい参加してしまう。 そして参加するからには、一生懸命にうちこんでしまう。 異議があることも忘れて、精一杯の自分をぶつけてしまう。 それがオトナ。それがオリンピック。 そして帰り道にふらりと赤ちょうちんに立ち寄っては 「俺だってつらいんだよ」とかつぶやきながら、ぐいっと一杯。 「ほんとはこんなことがやりたっかたんじゃねぇよ」 なんていいながら、さらにもう一杯。 そして、いいかげん酔いつぶれてぼろぼろになって それでも明日の朝になれば、やっぱり参加してしまうオリンピック。 きっとオリンピック会場の周りにはそんな赤ちょうちんがたくさんあって 夜ごと選手達がわんさと集まってくるのだろうなぁ… などと無駄に想像をふくらませてみたところで非常に恐縮ですが 冷静に考えてみるとあれです。 アテネに赤ちょうちんは絶対ないです。
『参加することに意義がある』
これです。これが正解。 正しくは『意義がある』です。したがって異議はないです。 もちろん赤ちょうちんも必要なし。無関係。 参加することに意義があるというのが、オリンピック精神だそうです。 もうほんと同音異義語ってややこしいというか ひとすじ縄ではいかないというか とにかくご幼少のみぎりの犬司君を惑わすこと度々でした。 まぁ、あれです。 幼い頃、駅のホームの階段の『のぼり口』『おり口』という表示をみては 本気で「おりろ!」とか読んでいた私ですから 『参加することに意義がある』などと言われれば 軽やかに『異議がある』と勘違いするのも無理からぬこと。 ちなみに『出口』も当然のごとく「でろ」でした。 みんななんで命令口調なんだろうと思いつつ、「でろ」と読んでましたね。 小さい頃から脳味噌は若干『弱め』に設定されていたようです。
まぁ、それはともかく 『参加することに意義がある。』です。
オリンピックは参加することにこそ意義があるわけで つまりそれは「勝ち負けにこだわってはダメ」ということが言いたいわけです。 人種、イデオロギー、宗教…様々な違いから 多くの国々が摩擦をおこし、紛争、戦争が絶えないわけですが そういう国家間の争いごとを度外視して 4年に一度、スポーツ競技を通じてみんなで仲良くやりましょうと言うのが オリンピックの目指すところのようです。 スポーツマンシップにのっとって、紳士的に競技し 勝敗の結果を誇ることことなく、スポーツを通じた国際交流をはかる。 なるほど、参加することにこそ意義があるわけです。 あっ、ちなみにこの『スポーツマンシップにのっとり』というのも 子供の頃悩まされた魅惑のフレーズですね。 『スポーツマン』という名前の船(ship)を『乗っ取る』ことだと すなわち、スポーツにおける勝利は奪い取るものであるという意味だと そう信じて疑わなかった経験が、きっと皆様にもあると思います。 あるはずです。いや、絶対にある。ないとは言わせません。 言わないで。私を一人にしないで。ずっと一緒にいて。ぉぃ。 まぁ、それはさておき スポーツマン船を乗っ取ろうが乗っ取るまいが オリンピックにおいては勝敗にこだわってはいけませんよと それがオリンピック精神だとうたわれているわけです。
けれども、実際のオリンピックはと言うと… 競技に勝つとメダルをもらえたりとかするわけです。 それも一番勝った順に、金、銀、銅と、非常に換金性の高い金属で メダルがこしらえてあるわけです。 そしてなんだか妙にでこぼこしたお立ち台の上でメダルをもらい ガッツポーズとかしながら 「田村で金、谷でも金」とか言う権利が与えられるわけです。 それをいうなら「亮子で金」ですむとおもいますが、それはナイショ。 とにかく勝つと負けるとでは大違いで 勝つこと、それもメダルを取ることが重要視されてるわけです。 参加国全てが、メダルにこだわっているわけです。 むしろメダルに興味ないなら参加するなよくらいの勢いなわけです。 『メダルを取ることに意義がある。』 悲しいかな、これがオリンピックの実情です。 そして審判の微妙な判定でメダルを逃がした選手などは 大いに異議があるわけです。 スポーツ裁判所とかに訴えるほど異議があるわけです。 参加することには意義もなければ、異議もなくなってしまいました。
そこで、犬司さんから提案です。 近代オリンピックはもう一度原点にかえる必要があると思います。 『参加することに意義がある』 素敵じゃないですか。 勝ち負けにこだわらず、国際親善をはかりましょうよ。 では、どうすればその原点に戻れるかといいますと… まず、あれです。メダルは必要です。 世界各国のメダルに対するこだわりは絶対に捨てきれません。 ひとたび車を発明してしまった人類が 地球温暖化を目前にしても車を手放すことができないように 一度金メダルを手にしてしまった人類は メダルなしでオリンピックにのめりこめなくなっているのです。 しかしメダルにこだわりつつ、勝ち負けにはこだわらないなどということが 本当に可能なのかといいますと ズバリ、可能です。 そういうことを思いつけるから犬司さんったら素敵だと思うので みなさんもそのように素直にメールとかくれたらいいと思います。 このあとの展開をまたず、いますぐ書くといいです。 このあとの文章を読む前に、「素敵です」と。 それでいいと思います。
では、気を取り直して本文をつづけます。 メダルにこだわりつつ 勝ち負けにこだわらないためにはどうすべきかといいますと もう、この方法しかないと思います。
『参加賞が金メダル』
これでいいと思います。みんな先を争って参加します。ちょー参加したい。 全選手が開会式に先だって 受付の表彰台で金メダルをもらってから会場に入ってくるわけです。 開会式は全員金メダル。 圧巻だと思います。 そしてそのあと、みんな各競技場に散らばっていくわけですが そこから先は自由行動。 競技をしてもいいし、しなくてもいい。 争いごとが嫌いな人は、無理に戦わなくてもいいと思います。 すごく平和っぽい。 そして、勝った人は帰りに受付で申告すると 『あてねおりっぴっく記念品』とか書かれたボールペンでももらえれば もうそれで十分だと思います。 箱には30カ国語くらいで『粗品』と書かれているわけです。 おぉ、それはそれで価値がありそう。 ……… …… …
まぁ、あれです。 おおよそ、いつも通りの展開で撤収模様となりました。 オリンピックをネタにひとつくらいは書いておかなくてはいけないという ある種の義務感とでもいいましょうか なんかそう言ったものを読みとっていただければ幸いです。 『更新することに意義がある』 勝ち負けは見なかったことにして下さい。
あっ、ちなみにまだ終わらんよオフ会も参加することに意義があります。 ぜひぜひ参加してくれないと 本気で一人オフ会になってしまいそうです。 参加者に金メダルを配れるかどうかはともかく 一人オフ会になった場合、会場は赤ちょうちんでほぼ確定です。 ちなみに、日時は いちおう9月の11日土曜日あたりを想定しております。 そこで間に合わなければ25日の土曜日あたり。 このあたりで参加可能方がいましたら、ふるってメールをください。 ではでは、また。
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タイム イズ マネー
しばし『時は金なり』と訳される言葉です。 いわく、時がたてばたつほど金利は雪だるま式に増えてゆくもの。 安易な気持で消費者金融に手を染めがちな若者世代に対して その危険性を喚起するための警句ですね。違います。大間違い。 そういう意味ではなかったはずです。
なるほど、アコムなどのCMを見ていると アコムに電話すれば簡単にお金を借りることができるうえ さらにあんなかわいいおねぇさんとおしゃべりまできるのかと うっかり勘違いして電話する若者も多いかもしれません。 しかしだからといって、簡単に借りてはダメです。 電話受付のおねぇさんがどんなにかわいかろうと 金利は金利。きっちりとられます。金利はかわいくありません。 50万円以上借りたらおねぇさんのメアドを教えてもらえるとか 100万円以上なら携帯番号まで教えてもらえるとか そういうサービスでも開始されてしまえば 我々しがない一般市民にはもはや借りる以外の道はないわけですが さいわい、アコムはまだそこまで思いきった作戦にはでていません。 ですから、アコムに電話しておねぇさんとおしゃべりするのは結構ですが うかつに借りてはいけませんよ。ご利用は計画的に。 おしゃべりまでならタダですが、借りてしまえば金利はつきものですから。 そして万が一にも返済に窮した場合 あなたのもとに取り立てに来るのは 間違ってもかわいいおねぇさんではありませんよ。 全く別の生命体です。 もっとこう…パンチパーマとかサングラスが標準装備の 警察だかヤクザだか見分けがつかないような見るからに邪悪な生命体が 借金の取り立てに押し寄せてくるわけです。
ちなみに警察とヤクザは非常に共通点が多く 我々善良な一般市民には識別が難しいですね。 どちらも人相が悪く、どちらも見るからに人を殺しそうで 人を幸せにするよりも不幸にすることの方が 圧倒的に多い点でも共通しています。 しいて言うと… 悪いことを考えてニンマリしているのがヤクザ。 悪いことを考えているヤツのことを考えてニンマリするのが警察です。 ちなみに、何も考えずにニンマリしている人がいたら 悪いことは言いません。医者にいってください。 で、ですねぇ。 そんなヤクザと警察を簡単に見分けるコツはといいますと… ずばり、いきなりその場で大声をあげてわめき散らすのです。 「うるせぇぞ、こらぁ!」とか怒鳴りながら殴りかかってきたらヤクザ。 いきなり問答無用で殴りかかってきたあとで 「うるさいですよ」と几帳面に注意するのが警察です。 微妙な差ですので、注意して見分けてください。 あと、殴られたりして痛いです。
えぇ、さて。ここまで書いてきてなんですが そんなことが言いたかったわけではありません。←おせぇよ。 だいぶ脱線してしまったようですが、私の人生に較べたらまだまだ。 気にせずにいきましょう。 本日書きたかったことは『時間の有意義な使い方』についてです。
冒頭の『タイム イズ マネー』すなわち『時は金なり』といわれるわけですが 正しい意味はいうまでもなくご存知のことと思います。 「時間はお金と同じく貴重なものですよ」と言う事です。金利は無関係。 実際、私の過ぎ去りし30年間を振り返ってみると 一文の価値も無いように思われてしまいますが、そういうことではありません。 過ぎ去った時間の価値ではなく 無駄に過ぎ去った時間を思うときにこそ 取り戻せない時間の貴重さをかみしめなくてはいけないわけです。 時間は、決して取り戻すことができません。 ですから、時はお金よりもずっとずっと貴重なものなのです。 したがって『タイム イズ マネー』ではなく 『タイム イズ プライスレス』と言うべきかもしれませんね。 いくらお金を積んでも取り戻せないほどの価値が、時間にはあるのですよ。
それほど貴重な時間ですからこそ 当然、無駄にしてはいけませんよと、教えられて育ってきました。 時間は有意義に使うべきです。 では、あらためてみなさんにたずねます。 有意義な時間の過ごし方って…なんですか?
例えばある小学生が 『今年の夏休みを有意義に過ごそう!』と決意したとします。 この場合、彼はどのような夏休みを過ごすべきでしょうか? まず最初に誰でも思いつくのは 『夏休みの宿題なんかに時間を浪費するのは無駄である』 ということだと思います。まさしくその通り。 『全ての有意義な夏休みは「夏休みの宿題」を忘却したときに始まる。』 犬司氏、8歳の頃の名言です。 ここまでは誰しも気がつくのですが、ではそれから先は?と聞かれると… 例えば、海で泳いだり、山でキャンプしたり 普段できないような体験ができれば、有意義な夏休みなのでしょうか? 確かに、そういう一面もあるでしょう。 しかしだからといって、40日間近くある夏休みの全てを 海や山でキャンプしながらサバイバルに過ごすとしたら それは有意義な夏休みとかで許される範囲を超えてくると思います。やりすぎ。 自分の将来は自衛隊の特殊部隊にしかない! と決意を固めているようなちょっとアレな感じの小学生に限り 有意義な夏休みだと評価できるかもしれませんが 一般的な小学生にはあまりおすすめできません。 社会復帰がむずかしくなりますから。 それでは、誰もが手軽にできる「アサガオの観察日記」などはどうでしょうか。 小学生がよくやりがちな夏休みライフですが これに至っては、やらないよりはやったほうがマシという程度だと思います。 一日ほんの10分程度、アサガオに水をやって観察記録をとるくらいのことで 夏休み全部の有意義を語ってしまうのはあんまりだと思います。 仮に夏休みの40日間、毎日何時間も費やしてアサガオ観察に没頭するような それくらい徹底した研究をするなら、有意義を語るに値するかもしれません。 しかし、小学生の身でありながら せっかくの夏休みをアサガオ観察だけで過ごせる精神状態のほうが よほど手遅れだと思います。 夏休み終了後の日常生活復帰は、もはや絶望的です。
このように40日間ある夏休みを有意義に過ごそうと思うなら 実際はそのうち10日間くらいを『夏休み的イベント』で過ごせれば 残り30日間を語るまでもなく 夏休み全体が有意義だったと実感できるのではないでしょうか。 人間という生き物は 1分1秒余すところなく有意義に過ごすようには できていないのだと思います。
話しは少し変わりますが… 先日、朝の通勤電車に揺られながら シートに座って化粧しているOLさんをみかけたのです。 しかもほぼスッピンのまま乗ってきて かなり本格的な化粧に取り組んでいましたから、相当なつわものです。 そして隣に座っていた50代くらいのバーコード汗だくメガネが 「あと5分早起きして家ですませてくればいいものを…」 みたいな、いかにも迷惑そうな顔でOLさんをチラ見していたわけです。 まさしくその通り!大賛成。さすがは50代、たまにはいいこというよ。 ほんとこのオッサンがあと5分早起きしてさっさと前の電車に乗っていれば このOLさんのお隣には私が座っていけたわけですから。 ほんとうに迷惑なバーコードです。あと5分早起きしやがればいいものを。 で、ですねぇ。 1分1秒を無駄にしないと考えるなら 通勤電車にただ揺られている時間を利用して化粧をするのも ある意味、有意義な使い方と言えるかもしれません。 まぁ、スッピンで電車に乗りこむ度胸とか 化粧中の顔を見られても全く動じないたくましさとか 揺られても気にせずメークできる技量とか 多少失敗しても気にしないおおらかさとか そういったちょっと特殊な能力がない限り 一般人には若干難しいかもしれませんが 例えば電車の時間を利用して新聞を読むなんていうのは 多くのサラリーマンが普通にやっているわけです。 新聞を読んで、一般常識程度の知識でいいから、社会情勢を知る。 人の迷惑にならない限りは、有意義な時間の使い方といえるでしょう。 ちなみに私はといいますと… たいてい電車では本を読んでいます。 やはり寝てしまうのは時間がもったいないとか思うわけです。 でも、かならず小説。しかも私が読むものは好みが偏っていますから 有意義な読書かといわれれば、はなはだ疑問です。 早起きするのは苦にならないので、朝はたっぷり時間がありますが 新聞に目を通すのは気になる記事があったときだけですね。 ニュースは見ますが、それも朝食をとりながら眺める程度。 とてもサラリーマンのような生真面目さで社会情勢を気にかけてはいません。 したがってせっかく早起きしても、時間を無駄にしているのかもしれませんね。 あさはたいていゆったりと過ごしています。
思うに、時間を有意義に過ごすことと 1分1秒も時間を無駄にしないということは、イコールではないと思います。 人は、多くの無駄な時間に支えられて生きているのですよ。 日ごろあくせく働いてお金をたくさん稼いで そして休日にお金を払ってまでして温泉旅行にいくものなのです。 温泉に使って、日がな一日ボーッとすごすことに、高いお金を払うわけですよ。 そういう無駄がないかぎり 有意義な日常生活をおくれない生き物なのだと思います。 必要に迫られたときに、必要な時間をちゃんと有意義に過ごせるのなら あと残りの時間をいかに無駄にすごそうとも 気にする必要はないんじゃないでしょうか。 1分1秒も無駄にしまいと一生懸命になればなるほど 有意義な時間とはかけ離れた生活になるように思います。
例えば通勤電車の時間をおしんで 一心不乱に英単語帖をめくっている受験生をみるたびに おいおいほんとうにそれが有意義な時間なのかと。 例えばとなりに立っている綺麗なおねぇさんをうっとり眺めるとか せっかくだからシャンプーの匂いでもかいでおくとか 通勤電車には通勤電車なりの有意義な時間の使い方があるのだと 常連のカラスさんが熱く語っていたのが思い出されます。 ほんと、こういう大事なことに気が付かないばかりに 一心不乱に英単語を詰め込んで いずれは一流大学、一流企業へと順調に進んだあげく 結局のところ、一時間に7000円とか8000円とかするような高価なお店で 綺麗なおねぇさんがお酌してくれるのをデレデレと喜ぶようになるわけです。 しかも毎週のように入り浸り、延長はするはボトルは入れるは 指名は入れるはプレゼントは買うは シャンプーの匂いひとつかがせてもらうのにかなりの時間と労力が費やされ それに比例して、とほうもないお金がふところから元気に巣立っていくわけです。 まさに『タイム イズ マネー』。 そこまできて、はたと気が付くのです。 あぁ、あの時電車でかいでおけばタダだった、と… ……… …… … えぇと、あれです。どうやら途中から中心論点が 『いかにして綺麗なおねぇさんのシャンプーのにほひをかぐか』 に変わりつつありますが、きっと気のせいです。 そういうことが言いたいわけではありません。 『タイム イズ マネー』の意味も二転三転している模様ですが そういう小さいことは気にしないでください。
要するに 必要に迫られたときには、時間を有意義に過ごしましょうと。 しかし、そうでないときには けちけちせずに時間を無駄使いしましょうよと。 ということが大事なのではないでしょうか。 とくに後者の『無駄使いのススメ』の部分を 重点的にご理解していただいきましたところで このコラムをダラダラ書くことに時間を浪費してしまった私と このコラムをダラダラ読むことで時間を浪費してしまった皆様と 一緒になぐさめあうことができれば幸いだと思います。ぉぃ。 時間の無駄使い、よいではないですか。 ちなみに私は過去30年間にわたる時間の無駄使いにかんしては すでに見なかったことにして解決済みですので みなさまも私に見習うとよいと思います。 ではでは、相変わらずオチ弱く、撤収です。 ごきげんやう。さやうなら。
追伸: まだ終わらんよ公式オフ会、8月下旬の予定でしたが 諸般の事情により、9月の上旬頃ということで なんとか開催に漕ぎつけたいとおもっております。 参加資格は、一度でもコメントを書いたことのある方にかぎります。 ちなみに、私が本文中で勝手に登場させてしまったかたは まことに勝手ながら強制参加とさせていただきますので、ご了承下さい。 (注:参加拒否は本人死亡の場合に限らせていただきます。) 参加希望のかたはメールにて、犬司あてにご一報よろしくお願いします。 参加者が想像を絶するほど少なくなる可能性もありますが 全く問題ありません。 犬司君はお酒さえ飲めれば『たとえたった一人でも』平気な生き物です。 ひとりでオフ会します。 でも、ちょっとめそめそするかもしれないので カラス君だけでもいいから私の相手を勤めるべきだと思います。 時間の浪費を恐れては、おおきな人物にはなれませんよ。カラス君。 それと、コラムで勝手に名前を使われることを恐れていても 大きな人物にはなれないと思うので、あきらめてください。 使います。勝手に。
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